第3話 【地下室のメロディー】

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第3話 【地下室のメロディー】

 思っていた以上に場内は広かった。普段、都内の様々なライブハウスに出演してるが、そのどれよりも広く、平均的な広さのライブハウス4つ分くらいはありそうな広さである。しかも天井も割りと高い。おそらく地下二階分をくり抜いたのかも知れない。外観は普通の雑居ビルだが、地下にこんなスペースがあるとは誰も思わないだろう。  中央には四角いリングが設置されており、それを囲む様にパイプ椅子がズラリと並べられている。入口のドアを開けた脇には小さなバーカウンターもあり、このあたりはライブハウスと同じだ。ただ、入場料が高い。ライブハウスで言うところのチャージ料金、5000円。  入口でホステスの様な派手な二人組の女性が会計係をしている。どうやらドリンクは頼む頼まないは自由らしい。  会計時にくれた一枚のチラシに目をやるとその日の試合数、誰と誰が対戦するか、出場者の写真はなく、名前や身長体重、戦績だけが書かれている。  さて、賭けはどのようなシステムなのだろうか?と、それは直ぐにわかった。エミが空いている椅子に座ると隣に座っていたいかにもギャンブル好きそうな中年の男がエミを足元からジトっと舐め回すかのように好色そうな目で見つめて来た。席を変えようと思いかけた時、男が話しかけて来た。 「オネエちゃん、もしかして初めてかい?」 「ハイ、まあ……」 「わからない事あったら聞いてよ、オレ、常連だからさ」へへへっと、笑いながら人懐っこい顔で言って来た。 「あの~、賭け試合って聞いたんですけど……」 「ほれ、見てみな」  男の言われた方を見た。会場のあちこちにスーツ姿の男達がポーチの様な物を持って立っている。如何にもでカタギには見えない。 「あの兄ちゃん達にそのチラシを見せて金を渡すのさ、あ、書くものあるかい? でな……」と、男は自分のチラシをエミに見せながら説明する。 「どっちが勝つか、KOか判定か、何ラウンドで決着がつくか、この三種類だけ。どれかひとつでも良いし、三つでも良いんだ、まあ、最初は単勝、どっちが勝つかくらいから初めた方が良いね。見てみな、倍率も書いてあんだろ? それを書き込んで兄ちゃん達にチラシを渡すとハンコ押してくれっから。で賭け金を渡すのさ、1000円からで上限なしだ」  なるほど……とエミが理解した様子を見た男が付け加える様に言う。 「胴元はこれモンだからさ」  男が指で自分の頬に縦線を作り、 「ちょっとヤバいけど儲かりゃデカいよ」  その夜の試合は4試合、1試合目から場内は異様な盛り上がり方だった。とにかくエミが驚いたのはリング上で対戦する双方の体格差だ。ヘビー級くらいの大男と普通の体格の男が殴り合う様は素人のエミが見ても異様だったのだ。 「まあ、なんつっても最終試合のメインイベントだよ」  エミの隣でずっと喋りっぱなしの中年男が言う。聞きもしないのに自分から"岡島"と名乗って来た。しかし、この岡島、ただのギャンブル好きではないようで、ボクシングの見識が凄い。エミの知らないような専門用語を混ぜた解説はヘタなプロの解説者よりわかりやすく、そして面白い。話しを聞いてるだけでドンドン引き込まれて行く。常連だと言うだけあり、他の客が岡島を見つけると皆んな声をかけてくる。  エミは途中で喉が渇いたのでドリンクを買うことにした。熱心な解説やレクチャーのお礼にエミは岡島に奢ろうと思っていたが、逆に奢られてしまいエミは恐縮しながらも二人は乾杯をした。冷えたビールがとても美味かった。なんだろう、この感覚?忘れていたのだ、物事を、現在を、人生を楽しむという事を……。  控え室、部外者立ち入り禁止……。本物の施設の様にロッカー、シャワー室と見事な作りが施されている。しかも、両サイド、赤コーナーと青コーナにそれぞれ控え室が設置されているあたり、施工段階で格闘技会場を呈して作られたのだろう。  赤コーナーの控え室には試合を終えた者、これから試合に挑む者、いくつか人の和が出来上がっている。野々宮と側近のスキンヘッド、シンの姿があった。シンは部下数人に何やら指示を出している。 「今夜は大入りだ、本当に大丈夫なのか? 公平」  野々宮がバンテージを巻き終わった里中に問いかける。 「大丈夫も何も絶好調だよ、心配すんな、今日も頼むぜ、兵藤」 「ウッスっ! 任せて下さい!」  野々宮の部下で桜会の中でもボクシング経験者の兵藤という男を毎回里中のセコンドに付けている。兵藤が里中の拳にグラブを付けながら頷く。 「オマエにメインを張らせるのは気が重いが、なんせ風城が当分駄目そうだからな。ちょっと考えなきゃならねえ」 「奴、どうかしたのか?」 「日本バンタムのチャンプ、馬渕知ってるだろ? 世界戦前の調整スパーリングに風城を指名して来たらしい」 「ほぉ――、風城も出世したじゃねえか」 「マネージャーの唐木が当分ここは遠慮すると言って来た。まあ、公になったらまずいってのはわかるんだが……」 「ケッ、何もコソコソする必要なんてねえじゃねえか! 風城らしくねえな」 「オレがいつコソコソしたって?」  全員が控え室ドアに目をやった。風城京也がそこにいた。
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