第4話 【Underground】

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第4話 【Underground】

「風城、まずいんじゃねえのか? 唐木は知ってるのか?」と、野々宮。  風城は野々宮には返答せず、里中のそばにやって来た。 「ロートルのあんたがメインだってな? 動けるのかよ」  風城は鼻で笑いながら里中に毒づいた。里中は薄笑いを浮かべながら立ち上がった。 「心配無用だ、人の心配より自分の方はどうなんだ? 引退したとはいえまだリングに未練タラタラなんだろ?」  風城の表情が曇る。その表情を見た里中は続ける。 「図星だろ? 表舞台にカムバックするチャンスをこんなところに出入りして不意にするのはどうかと思うぜ」 「あんたに何がわかる?」 「わかるさ、経験者だからな」  そう言うと里中は両手のグラブの感触を確かめる様にバンバン! と拳を合わせ二、三度叩き、軽くフットワークしながら首を回した。 「せっかくだから観て行けよ、オレに有り金叩けば小遣いになるぞ」  と、風城の肩をポンと叩いて控え室を後にする。 「さあ、本日の最終試合、メインイベントでございます!」  照明が派手にライトアップされ、場内に大音量でHip-Hopが流される。リングアナウンサーもどきの司会者がマイクを片手に客席を煽る。歓声がひときわ高くなる。 「ネエちゃん、良く観ておきな、赤コーナーの里中、こいつのボクシングは痺れるぜ!」  岡島がこれまでに無いくらいかなり興奮してるのを見て、エミは期待が募った。里中公平……決して若くないあの男はいったいどんな試合をするのだろうか?  両者がリングに上がった。青コーナーは上半身Tattooだらけの若い男だ。今風のストリートの喧嘩自慢ヤンキーといった風で、目つきだけは鋭く、赤コーナーの里中に(ガン)を飛ばし続けている。  客席の後方でリングを見つめる風城と野々宮。 「で、今夜はどんな筋書きで?」  風城が野々宮に尋ねた。歓声で風城の声が掻き消される。野々宮は聞き取れたのか、それとも感を働かせたのか風城の耳元で答えた。   「今日はイカサマ無しだ、見てみろ……オマエの穴埋めにしては上出来だろ。奴はロートルだが、ここじゃ間違いなくランキングボクサーだ」  リング中央でレフリー(桜会が雇うプロの格闘技戦をも努める本物のレフリーだ)が二人の選手にルールを説明する。青コーナーの若いTattoo者は向かい合う里中を睨めつける、里中はニヤニヤと薄笑いで返す。Tattoo者は更に頭に血がのぼる……。  両者が両サイドに分かれてゴングを待つ。里中の目は客席後方の風城と野々宮の姿をしっかり捉えていた。  1ラウンドのゴングが鳴った……。  ゴングと共に勢い突っ込んで来たのはTattooの男だ。里中に接近すると大振りで左右のパンチを振り回して来た。素人の喧嘩じみた姿を見て場内からヤジと失笑が飛ぶ。 「オイオイ、ガキの喧嘩かよ!」 「立派なTattooが泣いてるぞ~!」  岡島がその光景を見るや口を開いた。 「ひでえな、ありゃあ。里中の餌食だぜ。しかし妙だな、あんな素人臭い相手を上げるかね?」 「え、どういう事ですか?」  エミは岡島の言う意味がわからなかった。 「里中はさ、この賭けボクシングの世界でも結構人気あるのよ、元プロボクサーだけあって実力も抜きん出てるしさ。そんな奴にあんなど素人の相手をカマセるかな~。オネエチャン、里中にいくら賭けたんだい?」 「2万円です……里中さんの勝ちと2ラウンドKO勝ちに1万円ずつ……」 「あちゃ――、悪いことしちゃったかな、オレが煽ちゃったばっかりに」  岡島の言葉にエミは不安になった。最終試合のこの試合まで他の試合には賭けずに岡島のレクチャーを聞きながら、満を持して里中に期待を賭けた。そして、苦しい懐具合ながら自分にとっては大金である2万円をこの最終試合に投じたのだ。 「こりゃあ、胴元の桜会に一本食わされたかも知れねえな」  エミは岡島の言ってる意味が理解できないでいたが、ヤクザが仕切る賭け試合なのだ。まさか……イカサマ?  リング上では相変わらずTattooの若者が大振りのパンチを振り回しているが当たる筈もなく、里中は手を出さずに余裕でかわしている。その光景を見た風城が怪訝そうに野々宮の表情を伺う。野々宮はそれに気づいたらしく口を開いた。 「公平には自由にやれ、と言っただけで話してねえが、勿論あれは仕込みだよ」  やはりな、と風城は思う。これがヤクザ仕切りの闇の部分なのだ、と。  しばらくすると大振りを繰り返していたTattooの若者がバランスを崩した、様に見えたのだが……勢い余って里中に身体ごとぶつかった。鈍い音がした。頭が里中の顔面に入ったのだ。思わず里中が苦悶の表情を浮かべ目の辺りをグラブで押さえる。  会場がどよめいた。里中の左目上、額が切れ流血していた。里中が怯んだところをTattooの若者はここぞとばかり大振りのパンチを里中の顔面に当てて来た。しかも、切れた額を集中的にだ。鮮血が飛び散る……。   「汚えぞ、小僧!」  ヤジが飛ぶ。レフリーが両者の間に割って入り、Tattooの若者に注意を促すが悪びれた様子もない。レフリーが里中の傷を見る。傷口は客席から見える程パックリと割れていた。 「あんなど素人の小僧相手じゃ物足りんからな。公平にはあれくらいのハンデがちょうど良いんだ」  野々宮が風城に向かい平然と言った。
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