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第5話 【血まみれの一発】
結局試合は続行されたが、1ラウンド後半はTattooの若者が一方的に里中を攻め続ける形になった。里中はとうとう一発も手を出さずに終わった。
1ラウンド終了のゴングが鳴った時にはTattooの若者も里中の返り血を浴びて血まみれだった。里中の傷口はかなり開いており流血で里中の顔は真っ赤に染まっていた。
ゴングと同時に赤コーナーから里中の臨時セコンド、桜会の兵藤が飛び出して来て里中を支えた。
「だ、大丈夫っすか?」
「大丈夫なわけねえだろ、馬鹿野郎!」
里中はそう言ってグラブで兵藤の頭を小突いた。
コーナーポストに出された丸椅子に座った里中がマウスピースを吐き出し兵藤に問いかける。
「オマエ、止血のやり方わかってんのか?」
「スイマセン、わかんないっす」
「だろうな、とりあえずタオルだ、血を拭いてくれ」
「ウィッす!」
兵藤はタオルをペットボトルの水で濡らして里中の顔面を拭きにかかった。額の傷口は数センチは切れており、拭いた先から血が滴り落ちて来る。
「そこのワセリンを傷口に塗り込め、たっぷりな」
兵藤が言われるままにワセリンを里中の額の傷口に塗り込む、手が震えていた……。
「次は水だ、水をくれ!」
里中が口を開ける、兵藤がペットボトルの中身を加減しながら里中の口に注ぎ込む。里中は最初の一口でうがいをすると、あとはゴクゴクと飲み込んだ。
「兵藤、オマエ、野々宮から何か聞いてるか?」
「へ? いえ、自分何も、ハイ」
「だろうな……あの野郎、何が自由にやって良いだ、いっぱい食わされたぜ」
レフリーが里中のいる赤コーナーにやって来た。里中の額の傷口に視線が行く。
「結構な傷だな、ドクターがいない分、判断は任されてるが通常の試合なら止めるぞ、どうする? まだやるか?」
「当たり前だ! いいか、途中でレフリーストップなんかしやがったらただじゃおかねえぞ!」
里中がレフリーに怒鳴り散らした。セコンドアウトのブザーが鳴る。レフリーは呆れ返った様子で戻って行った。
「兵藤、帰り支度だ、片付けて待ってろ!」
兵藤は意味がわからずポカンとしている。二ラウンド開始のゴングが鳴った。Tattooの若者は再び里中めがけて突っ込んで来ると大振りのパンチを振り回して来た。里中は完全に両腕で顔をガードした。それを見るやTattooの若者は里中のボディーにパンチを集め始めた。ローブローへもパンチが入る。
里中は動かない……。と、一瞬だった。何が起こったのか、Tattooの若者が膝からガクンと前のめりに崩れ落ちた。まるで糸を切られた操り人形の様に。
里中が狙っていたショートレンジから繰り出した右フックがカウンターでTattooの若者の顎を貫いたのだ。
狙いすましたショートレンジからのカウンターの右フックが鮮やかに決まる。ボクシングに於いて最も急所とされている顎はどんなに強固な身体能力を持ってしても、一発まともに当たれば形勢逆転可能なウィークポイントでもある。
里中の右のショートフック一発がヒットした時点でTattooの若者は脳が揺れる感覚を味わい、一時的に手脚の神経が痙攣を起こし感覚を失う。立ち上がろうにも膝がいうことを聞かないため、動きが安定しない。結果、レフリーがテンカウントを数え終わるまでただマット上に這いつくばってそれを聞くしか術がない……。
試合終了のゴングが打ち鳴らされ、客席から歓声が飛んだ。
「やったな、ネエちゃん!」
「ハイ、嬉しいです、やった――!」
エミは思わず岡島に抱きついた。賭けは的中、2万円が倍の20万円になった。ビギナーズラック……。
客席後方で試合を観届けた風城は「じゃあ、オレはこれで……」と、野々宮に告げると会場を出て行った。
試合を観戦していた野々宮興業や桜会と繋がりがある関係者にひと通りの挨拶を済ませ、控え室に野々宮が入って行くと、既にシャワーを浴びてフード付きのスゥエットに着替え終わった里中がベンチベッドにうつ伏せになり兵藤のマッサージを受けていた。兵藤は野々宮に気づくと一旦手を止め「お疲れさまです!」と直立不動で頭を下げ、再び里中のマッサージを再開した。
里中の左目上、切れた傷口には大き目の絆創膏が貼られており、若干絆創膏に血が浮き出ていた。
「ご苦労さん、さすがだな、公平」
「ケッ、何が自由にやれだ、とんだ詐欺師だな」
里中が野々宮を一瞥しながらそう吐き捨てる。
「あのくらいのハンデ戦がオマエにはちょうど良いんだ。風城にも同じ事を言ったがな」
「どうだ、風城の代わりにオレをメインイベンターで使う気になったか?」
「調子に乗るな、風城の代役はオマエには務まらねえよ」
「フン、じゃあどうだ? 今度は闇ボクシング最強戦ってのは。興業的に美味しい話しだと思わねえか?」
野々宮は里中の言葉に呆れた様子で言った。
「所詮オマエは四十を越えたロートルだ、いい加減に目を覚ませや」
風城は会場を出た後、歌舞伎町のメインストリートを歩いていた。しつこい客引きが声をかけてつき纏って来たので「うるせえ!」と一喝する。と、しばらく歩いたところで肩を掴まれた。振り返ると見覚えのある男がそこにいた。
新宿署の刑事、ヤマゲンこと山口だった。
「風城じゃねえか、しばらくだな」
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