第6話 【ヤマゲンの忠告】

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第6話 【ヤマゲンの忠告】

「こんな時間に散歩か?」  ヤマゲンは皮肉をそえてニヤつきながら風城の顔を覗き込んだ。 「今上がったところなんだが、一人で飲むのもなんだからな、どうだ、ちょっと付き合わないか?」 「勘弁して下さい、俺からは何も出ませんよ」 「まあそう言うなよ、別におまえさんから何かを聞き出そうとかじゃねえんだ、仕事上がりにそんな野暮はしねえよ」    歌舞伎町の真ん中を外れ、西武線沿いにある居酒屋に入った二人。ヤマゲンはビール、風城はハイボールを頼み、ヤマゲンに半ば強引に乾杯の真似事をさせられ仕方なくグラスを合わせた風城だった。 「おまえさん、まだ表舞台には戻らないのか?」 「表舞台?」 「しらばっくれるな、正式に引退届けを出したわけじゃないだろうが」  ヤマゲンはこれまでに野々宮の紹介で風城とは二度面識があった。初対面の時は桜会の新入りくらいにしか思っていなかったが、二度目の時は野々宮から直接闇ボクシングに出場させる男だと聞かされた。その後、風城が実は現役のボクサーだと知るまで時間はかからなかった。 「余計な事かも知れんがな、いつまでもあんな連中と関わってると抜け出せなくなるぞ」 「刑事さん直々のアドバイスですか……」  風城は、うんざりだ、という表情で言った。 「オマエ、あの二人の因縁を知ってるのか?」 「ヤクザと探偵に因縁なんてあるんですか?」  風城のもの言いにヤマゲンは半ばあきれた口調で切り出した。 「あの二人はな、日本王者のタイトルを競いあった仲なんだよ」  風城はヤマゲンの言葉を疑った。里中が元ボクサーだという事は野々宮から聞かされていたし、実際、あの試合を観れば里中がただの素人ではない事くらいわかる。だが、野々宮に関しては謎の部分が確かにあった。ヤクザの賭けボクシングにしては熱の入れ方が異常だった。細部にまでこだわりが感じられたのは当初から感じていた事だ。 「当時、確か里中が一位で野々宮が三位だった。二人で空位だったフェザー級の王座決定戦をおこなう予定だったのさ」 「……予定だった?」  ヤマゲンはビールを口に運んだ。 「ああ、試合は一ヶ月前に中止になったんだ。里中が街で暴力沙汰を起こして逮捕されちまったのさ。まあ、当時から俺も二人とは因縁めいたものがあってな。実際、里中にワッパをかけたのはこの俺さ。不起訴にはなったものの、プロボクサーが暴力沙汰を起こせばどうなるか、ボクサーのオマエさんならわかるだろ?」と、ヤマゲンは言った。当然予定されてた試合は中止。里中はボクサーライセンスの剥奪と同時に協会からそのまま引退勧告、という形になったらしい。 「怒ったのは野々宮だ。あいつにとって里中はライバルだったしな。しかも、日本王者になれるチャンスだった。その芽をいっぺんに潰されたんだからな。もちろん、里中の代わりに別のランキング選手と王座決定戦は急遽組まれたんだが、野々宮が納得しなかった。あくまでも野々宮は里中と殴りあいたかったのさ、ベルトを賭けてな。結局、奴も組まれた試合を蹴って里中の後を追うようにそのまま引退だ」 「……」 「まあ、そうは言っても里中はあんな性格だ。簡単に世間と折り合いをつけられる様な男じゃない。奴は日本で試合が出来ないならと、海外へ飛び出した……フィリピンへな。向こうのライセンスを取って海外デビューしやがったのさ。野々宮がそれを知ったが時既に遅し、当時『桜会』の組長だった親父さんの跡を継ぐために組の若頭の座に着いた後、てな感じだ」  里中のボクサーとしての経歴をそこまで知らなかった風城はヤマゲンに問いただした。 「で、探偵さんのその後は?」  ヤマゲンは頭をかきながら面倒くさそうに口を開いた。 「フン、所詮は井の中の蛙だ。戦績は日本にいた頃とは大違いさ。負けが込んで奴は潰れた。それからはアルコールに入り浸り、終いにはビザ切れで強制送還だよ、惨めな話しだ」  ヤマゲンは吐き捨てるように里中を罵った。ヤマゲンがポツリと呟いた。 「言っとくが、『闇ボクシング』は賭博行為だから警察の餌になる。オレがどんなに苦労して内部で揉み消してるかわかるか? しかも、興行主は『桜会』ときてるんだぞ。こっちだって揉み消すにも限度ってもんがあるんだ、野々宮や里中はどうってことはねえだろうが、ガサ入れされて困るのはオマエさんみたいな立場の奴なんだぜ。いつまでも首を突っ込んでいると、終いにはオマエも里中の二の舞いだ! 悪いことは言わん、あんな場所とは早いところ縁を切って真っ当な道へ進め……俺が言いたいのはそれだけだ」  風城はヤマゲンと別れた後、意味もなく靖国通りをただ歩いていた。確かにヤマゲンの言う通りだ、このまま地下のリングに上がっていたところでどうにかなるわけじゃない。ただ単に表舞台で得られる金に比べたら破格というだけだ。ともすればこのまま地下で拳を振ってれば身体が動かなくなる頃には安泰な生活を送れるはずだ。  だが……そこじゃない。
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