chap.1 シリアル・キラー

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あまりなじみのない道を歩く彼の手元にはいくつかの撮影用の機材があり、自慢のドイツ製カメラの中にはフィルムが入ったまま、カメラの横にはグリップ式ストロボが取りつけられたままになっていた。 柵の向こうに、1本の河が通っている。サン・フラワー・ロードからサード・ストリートに続く石造りのアーチ型の橋が渡された狭い河だ。静かに、だが確かに動き続ける水面は、月の光を崩さずに流れていた。 その河沿いの細い道はリベラ・ストリートの裏手で、似たり寄ったりな形のテラスドハウスの庭に面していた。どの家の庭もあまり手を込められたとは言えず、特に夏には誰も近寄らぬような有様だった。表向きの旧く美しい街並みにはそぐわぬ悪臭が河からただよい、その水面の下には伝染病の菌さえひそんでいたからだ。 そこに差しかかった時、マイケルは衝撃的な光景を目の当たりにする事になる。 殺人現場だ。それもかなり凄惨な。 ところどころ隙間のあいた石畳に血だまりが広がり、その中に高齢の女性が横たわっていた。スミス夫人(Mrs.Smith)である。 華奢を通り過ぎ、骨と皮だけになったような体を品の良い毛皮の外着に包んだ彼女は、近隣では指折りの資産家スミス氏の妻だった。名前をヘレン(Helen)といい、前年に寡婦となってからは夫の遺産を引き継ぎ、時間を持て余していたところだ。 血だまりのそばに、1人の男が立っているのを目にした時、マイケルは鳥肌が立つのを感じた。まさしく生と死。その境界線が、くっきりとした形で、不意に目の前に差し出された気分だったのだ。 「ああ、何てことだ……」 マイケルは思わず呟いてしまった。 それを聞きつけた男が振り向いた。満月がちょうど街の上を通り過ぎようとしている頃だった。 男の後ろから影が差し、路地裏を作る壁にへばり付くようだ。その光景は、さながら悪夢か、ホラー映画のポスターのようだった。
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