chap.2 スラント・スタジオ

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chap.2 スラント・スタジオ

当時、ホワイト氏は6棟が連なったハーフティンバー様式(※テューダー朝時代の代表的な建築様式。外観からブラック・アンド・ホワイトとも。)のテラスドハウスのいちばん端の区画で写真館を経営し、その1階にたった1人で暮らしていた。2階のスタジオで人物写真を撮り、地下に作った暗室で現像するのだ。現像にはもっぱら、酢酸液を使った。 そんな芸術の求道者マイケル・P・ホワイトは、抵抗するジョーを説き伏せたばかりか、死体をかつがせると、サード・ストリートにある家へと急いだ。急がなければならない理由があった。 言いくるめられた“シリアルキラー”のジョー・ブラックには、なぜ自分がこんな目に遭っているのか、またこれから何をさせられるのか、まったく分からなかった。人は、自分が抗えない運命の輪に巻き込まれていくのを、理解していない場合が多い。 「ひとまず“それ”──いや、婦人をこちらへ。すぐに準備をしよう」 マイケルは家に入るが早いか外套を脱ぎ、玄関の帽子掛けにかけて、壁のランプを点けた。 彼はこの町の生まれでも、上流階級(アッパークラス)の生まれでもなく、シルクハットをかぶってステッキを持つなどの格式ばった習慣もなかった。何世紀も前にその家に造られた小さなクローゼット式のシルクハット置き場は、仕事道具のストックを保管する倉庫として使っていた。 そして玄関からすぐの階段を上がり、ジョーに命じて“それ”を2階のスタジオへと運ばせたのだ。 この時、血痕が河沿いの道から写真館まで続いていたとすれば、マイケル・P・ホワイトという写真家生命はすぐにでも途切れていたに違いない。 だがそうはならなかった。血の跡の方が先に途切れたのに加え、明け方にかけて降った雨でそれすらも洗い流されていたからだ。
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