昭和三十六年

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「うわっ何しやがる」  凪の姿を見るや海雲は若い衆の一人を押し倒して駆け出した。そのまま凪の手を取ると、振り向くこともせず死に物狂いで逃げた。  海雲にとって突然の集団暴行は命を脅かした。まして凪が巻き込まれるようなことがあっては断じていけない。逃げるのは至極当然のことだった。ただ不慣れな山林で方角を見失いつつも、凪の手をしっかと掴んで斜面を駆けた。  脅かす程度にしか考えていなかった若い衆は反射的に海雲を追った。やがて集団での狩りにも似た追いかけっこは、若い衆の気分を高揚させ思考を狂わせた。もうその目には獲物を仕留めることしかなかった。  日が落ちた山林に月明かりは思いのほか明るい。そのため駆け降りる斜面の変化に気が付いた海雲は足を止めた。目の前には、木の根が腐ってできたものだろう大きく地面がえぐれ穴があいていた。迂回しようとすると若い衆に追いつかれ囲まれてしまった。 「もう、あきらめー」  リーダー格の男が近づいてくると、海雲の手から凪の腕を奪い去った。取り返そうと抵抗した海雲を男が押しやると、体勢を崩した海雲は穴へと落ちてしまった。  一瞬のできごとに男の気が緩んだ。凪は男の腕を振り払うと穴を覗いた。穴の底には石を枕にするように横たわる海雲がいた。
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