昭和三十六年

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 一瞬意識を失っていたのかもしれない。瞬きした凪の目には、月明かりが眩しかった。  起き上がろうとして右足に感覚がないことがわかった。頭をめぐらすと、そこに海雲がいた。朦朧とした意識で、体を引きずって傍に寄る。 「海雲さま……」  息はしているが瞼すら動かない。声が届いているかさえ分からない。 「ああ、海雲さま。お慕いしております。心から愛しております」  凪は両の手を海雲の頬に添えると唇を寄せた。すると頭上から容赦なく土が降り注いできた。  若い衆が穴を埋め終えると、突如として山林が騒めいた。そして地鳴りとともに大地が揺れた。 「地震だ!」  若い衆が転げまわるほどの揺れは、木々の割れる音と大きな地響きを合図のように鎮まった。しばらく誰も動けずにいたが、立ち上がると互いの存在を確かめた。そして、今埋めた穴の上ある大きな影に気が付き悲鳴をあげた。その黒々とした影は、どこから転がってきたものか巨大な岩だった。  その日を境に、村では事故や流行病で若い者ばかりが死んだ。事情を知っていた比美は怯えた。そして親に助言と称して大岩の祟りだから祀った方が良いと言った。  神多羅木(かたらぎ)家が表立ってと立札をつけ御神体とすると、その周りを禁足地(きんそくち)とした。全ては比美による真実も呪いも封じる策だった。
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