君だけはトイレに行かせない

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 高校一年生の夏休み、近所の公園を通りかかったところで、僕は激しい尿意に襲われた。  言うまでもなく、人間は尿を排出しなければ生きていくことができない。  ある意味、排尿は人体において呼吸と同等の価値がある現象ともいえる。  なのに、「その辺の道端」とか「適当な空き地」では排尿することが許されず、「トイレ」というごく限られた空間でしかその行為をなせないというのは、どうも不自然な気がする。腑に落ちない。  つまり、そんなことを考えてしまうくらい、僕は尿意に追い詰められていた。  幸い、かたわらの公園には、トイレがあった。  僕はハアアアハアアアと独特な呼吸を繰り返しながら、内股でトイレへ向かった。  このトイレは個室が一つあるだけで、男女共用だった。まあ、かなり昔に作られたので仕方あるまい。  そのドアが、僕がノブをつかもうとした瞬間、ガチャリと開いた。  中から、大柄な男の人が出てきて、鉢合わせた僕に驚いたのかぎょっとした顔になった。  そして、洗った手の水を切りながらそそくさと去っていった。  僕は、額にかいた冷や汗を腕で拭った。  フーイ、危ないところだ。もう少しで、楽園を目前にしてお預けをくらうところだった。  胸中で安堵のため息をつきながら、僕はトイレに入った。  とたんに、強い悪臭が鼻を突いた。  今の男性は、大だったようだ。  だがもちろん、彼が誰に責められるいわれもない。彼は、トイレですべきことを、トイレでしただけだ。  僕も、無事、その古い洋式便器に放尿を果たした。  これまでに抱いてきた悲しい思いや辛い出来事が、走馬灯のように頭に浮かんでは消えていった。危なかった。もう少しで破局は訪れていた。  そういえばここは男女共用だが、男性の後に女性が使うときは、逆の場合とは比べ物にならないくらい嫌悪感があるんじゃないのかな、と思った。  無事ミッションを終え、外に出て手を洗い、ハンカチで拭いた。  まだ個室内には、前の彼の残した匂いが立ち込めている。  そんな、まるで同棲を解消して彼氏が去っていったOLみたいな文句を思い浮かべていたら、横に人の気配がした。 「あれ、霜山くん」  そこには、クラスメイトの、秋山アカネが立っていた。  セミロングにした髪の、つややかな毛先がいつも通り強気そうに跳ね、活発さが強調される私服のスカート姿が眩しく際立っていた。 「霜山くん、家この辺なの? あ、ちょっとどいてくれる? なんか恥ずかしいけど、私トイレに行きたくてさー」  僕は、秋山とトイレのドアとの間に立ちふさがった。 「だめだ」 「は?」
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