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「行くわよ。女子空手部一年生エースの力を見せてあげる」
秋山さんが正拳を構えた。
僕は体中の筋肉を硬直させて身構える。
しかし。
彼女は拳を開き、掌底を僕のみぞおちに当てると、ダンッとその場で足を鳴らした。
同時に、丸太が胴体を突き抜けたような衝撃にみまわれる。
「ゲハアッ!?」
僕は、口から叫び声とよだれをまき散らして悶絶した。
激痛に呼吸が阻害され、めまいがして、体が膝から崩れ落ちる。
僕はその場に倒れ伏した。もう立てない。
「ごめんね。『重さ』を変換した衝撃を『内側』へ『徹し』たの。しばらくは身動きできないと思うけど、内臓は傷つけていないから安心して」
そして、秋山はひょこひょことトイレへ向かった。
もう無理だ。止めようがない。今の僕に、せめてできることは――
「じょーぼぼぼぼ……じょぼぼぼぼじょろろろろ……」
秋山がサッと振り向いた。
「霜山くん、それは……人間音姫……!?」
「じょーぼぼぼぼぼぼぼ……」
「ありがとう……霜山くん。やっぱり、なにか理由があったのね……のっぴきならない、なにかの理由が……」
そして、秋山はトイレの中に消えた――消えたと思う。目を背けていたので分からないが、そんな気配がした。
せめてこの数分で、少しでもあの匂いが薄らいでいてくれたらいいのだが。
秋山の鼻には、ずっといい匂いだけをかいでいて欲しいのに。
秋山の五感全てが、いつまでもずっと、幸せで満たされていればいいと、毎日祈っているのに。
そんなことを考えていたら、涙がこぼれた。体の左側を下にして横たわっていたからかもしれなかった。
「じょーぼぼぼぼぼ……」
通行人の一人もいない、夏休みの午後の静けさの中で、僕の口から出る疑似的な水音だけが、公園に響いていた。
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