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最寄りの地下鉄駅から地上へ出ると、帰国時に降っていた雨はいつの間にか止んでいた。
今回の出張は三日間。その日数や荷物の量にかかわらず、ジョセフはいつも大きなスーツケースを愛用している。大は小を兼ねるということもあるのだが。
「あら、バンディさん、こんばんは。またどこかへ出張に行ってらしたの?」
ちょうど車から降りてきた隣人のミセス・ヨリックが笑顔で声をかけてくる。
「こんばんは、ヨリックさん。ええ、そうなんです。今回はベルギーに」
ジョセフの魅力的な笑みと会話にミセス・ヨリックはたちまち頬を紅潮させる。毎度のことだが、ジョセフと気軽に立ち話できるラッキーな自分に酔いしれているのだろう。
「まぁ、そうなの? 先月はアメリカだったじゃない。本当にあなたは年がら年中旅をしているのねぇ。いつ見かけてもそのスーツケースを持っているイメージだわよ」
「ええ、そうですよね」
ジョセフの狙いはそこだった。
この大きなスーツケースは夢を叶えてくれる魔法の道具だ。上流階級出身というステイタスや、大きな仕事を成し遂げた時の達成感よりも、もっとずっと強烈な悦びを得るのに必要不可欠な代物。それこそ脳が痺れるような、我を忘れてしまうほどの領域へ到達するための。
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