紳士の面の皮

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 ジョセフは祖父が残したタウンハウスに暮らしていた。独居には広すぎるが、防音対策が施された地下室があるという点では、どんな豪邸もかなわない。 鼻歌まじりに地下室へと降り、鍵を開けてドアノブに触れる。ジョセフはこの瞬間が好きだ。一気に高まる期待感に胸が躍る。その感情は極めて純真なもので、ケーキを初めて焼いた女の子がオーブンを覗き込んだり、乗り物好きな男の子が憧れの列車に目を輝かせるのと何ら変わりがない。 ドアを開けると漆黒の闇に鋭利な光のシルエットが差し込んだ。まるでナイフのようなその切っ先が奥にあるベッドまで届くと、若い女性がゆっくりと振り返る。見事な赤毛と青ざめた肌。緑の瞳は久方ぶりの灯りで眩しげに細められ、血走っている。三日前には十分だった覇気も今や失われつつあり、確実に弱っているのがわかった。 「やあ、ニコール」  ジョセフがミセス・ヨリックに見せたのとまったく同じ笑みを向けると、彼女は小さく舌打ちして顔を背けた。自由を奪う手枷の鎖がジャラ、と鳴る。 「何が『やあ』よ。このクソ野郎」  たおやかで美しい外見にそぐわない言動は、普段なら眉を顰めるところだ。しかし、今は違う。ジョセフの歪んだリビドーを更に煽っただけだ。彼は美しく若い女性が、どうか命だけは助けてほしいと哀願し、それが叶わないと知った時に見せる言葉も表情も失った心底からの絶望を欲していた。そして、その余韻を色濃く残したまま命を奪ってみたいのだ。
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