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しかし、油断は大敵である。
五人目のバレリーナを監禁していた去年の春、突然警察の訪問を受けたことがあった。
手入れされていない白髪まじりのヘアスタイルと皺が刻まれた顔。コックニーアクセントの刑事は、件のバレリーナを捜索していた。それだけでなく、ジョセフがこれまで手にかけた犠牲者についても。犯行は完璧だと自負していたし、警察犬の嗅覚探知がこの近くで途絶えたのだと聞いた時は動揺したが、当然そんな様子はおくびも見せない。
いつもの笑顔と柔らかな物腰で難なくやり過ごしたものの、玄関のドアを閉める際に向けられた、探るような眼差しが忘れられない。まるでジョセフの本性を見透かすような鋭い眼光。今でもふと思い出す度、漠然とした不安に襲われる。ただそれも一瞬のことで、結局は圧倒的な自尊心が上回る。あんな労働階級出身の老いぼれに何が出来るというのか。すべては順調に進んでいる。真実が露見することはないのだ。これからも、この先も。
「目に見えて弱ってきたね。そろそろ頃合いかな」
ジョセフの口振りは、さながら果実の成熟を語るようなそれだ。このぐらいになると被害者は抵抗したり、泣き叫んだりすることに疲れ果て、神の前で許しを請う罪人のごとく哀願するようになる。何でもするからと、なりふり構わず。
けれども、ニコールは違った。冷たい視線で一瞥すると、肩越しに中指を突き立てて見せる。ここで暴力をふるうほどジョセフは短絡的でない。むしろ、より興味をかき立てられ、理性で抑えてきた衝動が一気に傾いだ。
決めた。明日、ニコールを殺そう。
じっくりと時間をかけて彼女の生を支配し、蹂躙するのだ。
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