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高校教諭には、クリスマスなど存在しない。
存在するものと言えば、仕事の山や、ブラックコーヒーの空き缶である。
そして――。
「鈴木センセー。ここ分かんないですぅ〜」
「教科書あるだろー、自力で解いてみなさい」
「えぇ〜」
成績の低い生徒に対する指導もまた、存在するもののうちの一つだ。
俺……鈴木 涼真は、理科を受け持つ高校教諭である。故に、俺にクリスマスは存在しない。
ため息をつこうとして吸い込んだ空気を、鼻から抜く。生徒の前だ。お互い嫌なのは分かっている。俺も我慢するべきだろう。
パソコンから目を離し、教室の全体を見渡す。
他の生徒は皆、昨日までに補習を終えていて、教室に残って補習を受けているのは一人の女子生徒だけだった。
首を傾げるたび、くせっ毛気味な焦げ茶のミディアムヘアが、ふわふわと揺れる。
三年C組、佐々木 楓佳。
彼女のいるクラスは雰囲気が良くなると評判の、コミュニケーション能力に優れた生徒。
理系科目の成績は悪く、こと理科においては補習の常連だ。
「そういえば! 今日はクリスマスですね、センセー。楽しんでます?」
「俺のクリスマスは現在進行形で潰れている。佐々木のせいで。だから楽しくはないぞ」
「あっ、しかも私、今日誕生日なんですよ! 祝って下さいよぉ」
「はいはい、おめでとう。早く帰って、家族に祝ってもらいなさい」
佐々木は「ふぅむぐ」と変な声をあげて膨れっ面になった。
「……別に、いーじゃないですか、そんなに冷たくしなくたって。センセーのことだし、どうせ彼女もいないんでしょ?」
「やかましい。ほら、黙ってプリントをやる」
「ほら、やっぱりいないんじゃないですか」
「……追加でプリント十枚刷ってくるか?」
「わぁ、いじわるですねぇ。クリスマス潰れますよ?」
「俺のクリスマスの心配をするなら、私語を慎んで早く終わらせなさい」
「はぁい」
まったく……。
これさえなければ、良い生徒なのだけれど。
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