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トラパン(チョコ)
"プーーープップップーーーー"
朝から耳をつん裂くような音が響き渡っている。一瞬で目が覚めた。
"はーい、団長のドラです"
団長が放送しているようだ。温かい寝床から起き上がる。すると、寝るときに顔に巻きついていたペンミーの姿が見当たらない。もう帰ったのだろうか。お別れの挨拶くらいしたかったけど、意外とこれくらいの方が良かったのかもしれない。きっと、寂しくなってしまうから。
"団員は30分後にグラウンド集合です"
今日から、本格的に訓練が始まりそうだ。毛並みを軽くクシで整える。お腹が空いたので、コインコーを使ってみよう。コインコーと言っても連絡用のコインコーではなく"デリバリーコインコー"の方だ。部屋の端で、目を瞑っているコインコーを起こす。
「おはよう、コインコー」
デリバリーコインコーが、パチリと目を開ける。寮の外にある連絡用コインコーは黄色なのに対して、こちらは赤色だ。インテリアにこだわる人にとっては少し迷惑そうな色だ。もちろん僕は、どうでもいい。
「おはようございマス。メニューはこちらデス」
機械的な音が流れる。嘴が開いてバサッと紙が広げられた。
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《menu》
・トラパン(チョコ・クリーム)
・トラパスタ(トマト・タラコ)
・トラむすび(塩・コンブ)
・水
・トラ茶
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「トラばっかりだ…」
トラ国だからしょうがないけど、いちいちトラと書かなくてもいいような気がする。ただの寮のコインコーだし。
「コインコー。商品名にトラってついてるけど味が違ったりはするの?」
「一緒デス。ただトラと付いているだけデス」
ますますつける必要がない気がする。まあトラ国だからしょうがないのだけど。
「トラパンのチョコを、ひとつ」
「かしこまりまシタ。1分後にお届けしマス」
コインコーが真上にある専用の穴をくぐり抜けて、外へ出て行った。1分というのは、驚異的な早さだ。さすが寮用に早く作られたものなのだろうか。いや、ただ単にトラ国が発展しているだけかもしれない。キツネ国では、早くても5分だった。こういうところでも国の差が出る。今後、皆との価値観のズレがないか、心配になる。そんなことを思いながら穴を見つめていたら、もうコインコーが戻ってきた。
「お届け完了デス。おまたせデス」
「ありがとう」
嘴につままれているパンの袋を取る。袋の表面に"トラ"と可愛い文字で書かれている。口を大きくあけてかぶりつく。うん。ちゃんとチョコのパンだ。トラの要素は完全に、ゼロ。
"ピンポーン"
おや。誰だろう。あ、ペンミーかな。忘れ物を取りにきたとか。
「おはようキンくん…ゾモゾです」
「あっ、ゾモゾか。おはよう」
「グラウンドまで一緒に行かない…?なんだか心細くて…」
その発言と表情からは、本当に心細かったのだろうなという気持ちが芯から伝わってくる。
「もちろん。一緒に行こう」
食べかけのトラパンを口放り込んで、
玄関を出た。
「グラウンドは近いんだっけ?」
「うん…歩いて5分とかだよ…」
「そっか。じゃあのんびり行こうか」
やっぱり、ペンミーは帰ってしまったようだ。先ほどのチャイムで、勝手に期待をして、勝手に落ち込んだ。
口の中に広がるチョコと、朝から涼しいトラ国の気候が、そんな僕の気持ちをやわらかくほぐしてくれた。
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