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涙が流れるような泣き方っていつ以来?
熱い涙は下睫毛を乗り越えた途端に冷たい雫へと変わり、私の頬から温度を奪っていく。そして次々に顎先に触れているコートを濡らすのが気持ち悪くて、ぼやけた視線をバッグに移すと手探りでハンカチを探す。でも冷えた指先がすぐにはハンカチにたどり着けなくて、また泣けてくる。
「大丈夫か?」
頭上から知らない声が聞こえ、泣いているのを見られたと思った。
「大丈夫です」
バッグを見たまま顔を上げずに答えた私の濡れた顎先は、手袋もしていないのに不自然なほど温かい指でくいっと持ち上げられ
「…大丈夫な顔には見えないが?」
見知らぬ男性と視線が絡まった。顔を上げたことで雫の道筋が変わったと…そんなことを思っているシチュエーションではないだろうけれど、私はただ、先ほどまで濡れていた頬がパリパリに乾くのを感じていた。
さっきの店にいた人か…黒を纏ったあの人だ、とそれだけは気づくと
「放して…」
顔を背けて彼の指から逃れた。すると彼の背後に、私の彼氏だったはずの太一が妊娠しているというピンクのコートの彼女と腕を組み顔を寄せ合って歩く姿が目に入る。
「もう…やだ…どうして…やだよ…」
こちらへ向かってくる二人を見ると嫌な動悸がする。そう思ったとき黒を纏った男性が彼らから私を隠すかのように抱きしめてくれた。普通ではあり得ない…見知らぬ人に抱きしめられるなんてことあり得ないんだけれど、今は嫌な動悸が穏やかに変わるのを感じ彼の黒いコートをそっと握った。
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