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「なに、これ?」と怒ったように問われて固まる岸田。頭の中では最悪な状況を覆す妙案を考えたが、ここは素直に謝るしかないと観念すると声を震わせながら言った。
「今日貰ったチョコレートの残りです。原さんに見せづらくて隠しました」
「どうしてそんなことしたの?」
「それは……」
「俺より数が多くて遠慮した?」
「……」
「そういうことされる方が傷つくんだけど」
「すみません」
「君の方がモテるのは重々承知しているから」
岸田は深々とこうべを垂れて自分のしたことを反省した。
――― 人を恨んだり妬んだりする人じゃなかったのに
原の性格を考えるなら、貰ったものを全て見せて「お返しが大変だ」などと屈託なく言うのが正解。彼への気遣いが驕りであることに気づいた岸田は自身に失望した。
この世の終わりのような悲壮感を漂わせる岸田を見た原は「これからは余計な気遣いは無しだからね」と話に終止符を打ち、岸田の前にデパートの包装紙にくるまれた箱を掲げた。
「俺からのプレゼント。開けてみて」
このシチュエーションで贈り物をもらうことに躊躇う岸田だったが、いつまでも引きずると いよいよ愛想を尽かされると思い、引きつった笑顔を浮かべながら受け取った。
「原さんから初めてもらうプレゼントだ」
そして、丁寧に包みを解いて目を細める。中から現れたのは、カシミアのマフラー。色はシックなチャコールグレイである。
「スーツ用のって持っていなかっただろう? 今度の店長会議の時にでも使ってくれ」
「嬉しい、ありがとうございます」
「色がたくさんあって迷ったけど、どんなスーツにも合うと思ってそれにした。顔移りも良さそうだしね」
手に取って首に巻いてみる。きめが細かく上品な風合いのそれは、一見して高級品だとわかるものだった。
「軽くて肌触りが凄くいい。これ、高かったでしょう?」
「そこそこね」
そう言って原は笑ったが、どことなく表情が固い。会話はいつもと変わりないのに視線が合わないし、合ってもすぐに逸らされる。
――― あんなことをしたあとだしな。しゃべってくれるだけでも感謝しないと
そう自分に言い聞かせると、マフラーを折りたたんで箱に仕舞い、ワインの続きを飲むため椅子に腰かけたのだが、原は汚れた食器を片付けて流しに運び始めた。そして、テーブルの上には原の為に買ったチョコレートが一口も食されることなく放置されていて……
――― 俺に幻滅しただろうな
前の恋愛の破局がトラウマになっている岸田が過剰な不安に駆られていた時だ。いきなりドアフォンが鳴って我に返った。
「ごめん、出てもらえる?」
両手を泡だらけにした原に頼まれて慌てて玄関へ向かう。こんな時間に誰だろう…… ? と不可解に思いながらドアを開ければ、宅配業者が荷物を抱えて立っていた。
「原 圭吾様にお届け物です」
サインをして受け取った岸田は差出人の名前を見て「あ……」と呟いた。そこには「原 恭子」すなわち、原の母親の名が書いてあったのだ。
「荷物が届きましたよ、お母さんから」
「悪いけど、そこに置いといてくれない? それから、岸田君は先に風呂に入っちゃって」
言われた通りに脱衣所へ向かった岸田は、以前原が話してくれたことを思い出した。原の母は未婚で出産し、女手一つで息子を大学まで進学させた。しかし前科があったため、原は付き合っていた女性との結婚を断念していた。
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