番外編 ~ 今夜はスウィート&ビター

5/5
前へ
/19ページ
次へ
 風呂から上がると原が入れ違いに部屋を出て行き、残された岸田は置きっぱなしの段ボールの前に跪いた。箱の大きさの割に軽かったのが意外で、貼り付けられた伝票を見ると品名が【食料品】になっている。  同棲して約半年。その間 原の母親から荷物が送られてきたのは これで2度目。中身は肌着や靴下などの衣類、お歳暮でもらったようなカニ缶やハムや菓子類で、息子を想う母の気持ちを目の当たりにした岸田は微笑ましい反面、虚しい気分に陥った。 ――― 仕方がない、ことごとく親の期待を裏切ってきたんだから  そう、自分は両親の希望する進路に進まなかったばかりか、同性愛者であるという事実まで露呈して縁を切られた。代々続いた家の跡取りなのに その役目を果たせない事実に親のみならず親類縁者も失望させたのだから当然の報い――― そう頭では分かっているものの、親からの愛情を受ける人を見ると どんよりしてしまう。  そんなことを考えながら段ボールを眺めていたら、原が風呂から戻って来た。彼はタオルで髪を拭きながら近寄ると、 「今年も来たな……」  今年も? と首を捻る岸田を横目にガムテープを剥がし、中から現れたものを見て溜息をつく。 「こりゃまた凄いですね!」  そこにあったのはバレンタインチョコの山! 高級チョコから手作り品まで数え切れない程あって岸田を圧倒する。  原はリボンに挟んであるメッセージカードを抜きとって開き、岸田が盗み見すると丸文字でこう書かれてあった。 【 圭ちゃん、ハッピーバレンタイン~♡ 帰ってきたら絶対お店に来てね 】  この面食らう文面に、岸田は思わず声を上げた。 「なんですか、コレ!」 「ん?」 「俺、知らなかったです。原さんがキャバクラに通ってたの」 「それがね……」 「責めてるんじゃないんです、男ってそういう所へ行くもんだし。でも、まさか原さんが……」  しかし、岸田の驚愕はそれだけではなかった。女は原のことを【ちゃん】付け、しかも愛称で呼ばわっている。俺なんか下の名で呼ぶのはベッドの中だけ。しかも、つい最近言えるようになったばかりなのに……  初めて見る恋人の狼狽ぶりに面食らった原は、思わず両手で岸田の肩を抱いた。顔を見つめると瞳孔が開き、唇が戦慄いている。原はこの危機的状況を回避するため噛んで含めるように説明した。 「俺の母親ってクラブとラウンジを経営していて、このチョコレートはそこで働くホステスさん達からなんだ」 「えっ……」 「俺がモテないのを知っている親が『チョコを送ってやって』と冗談を言って以来、毎年届くようになってね」 「そう…… なんですか」 「『お返しが大変だから止めてくれ』って言うんだけど聞く耳を持たなくて。この時期になるとマジ憂鬱になる」  事情を知った岸田は脱力した。そして、再び段ボールを覗き込んで苦笑した。 「勝ちましたね、原さん」 「何が?」 「チョコの数。俺の倍以上あります」 「まあ……ね」 「変な気を回した俺が馬鹿でした。もう二度としません、あんなこと」  ベッドの明かりを消してしばらくすると、原が のしかかってきた。  肌に感じる温もりと重さに、岸田は得も言われぬ悦びを感じた。今夜は原に愛想を尽かされたと思ったけれど、こうして抱きしめるということは愛してくれている証拠。すっかり安堵した岸田は自分から唇を近づけて恋人のそれに重ねた。  何度も向きを変え、激しさが増した頃だった。無粋な音が部屋中に響き渡り 動きが止まった。発信源はベッド横のサイドテーブル。24時間365日対応可能の基準薬局の店長である原はスタッフからの連絡にすぐ応じられるよう常に携帯を手元に置いていた。 「タイミング悪すぎ……」と悪態をつきながら電話に出た原は背を向けて話しを始め、岸田は背中にくっついて聞き耳を立てた。どうやら相手は母親のようで『荷物は届いたのか?』『お金を出すからホワイトデーに何か買って送って欲しい』と言われた原は「ごめん」「わかった」と返事をしたあと、こう言った。 「チョコレートを送るのは今回で終わりにして欲しい。今日、恋人が届いた荷物を見て驚いていた。義理だと分かっているけどホステスさんからの贈り物ってあんまりいい気がしないだろう?」  そして、『いつ彼女が出来たのか?』『今一緒なのか?』という問いに「去年の秋ごろ」「すぐそばにいる」と答えたあと電話を切り、岸田を抱き寄せキスをした。 「もう送らないって、チョコ」 「お母さん、怒らなかったですか?」 「ぜんぜん。むしろ俺に恋人が出来たと知って喜んでいた。『彼女に謝っといてね♪』だって」 「女性じゃないとわかったら卒倒するでしょうね」 「俺の幸せを一番に願う人だから最終的には喜んでくれると思う」 「そうでしょうか……」 「分かってくれるまで話しをする。『俺を幸せにしてくれる唯一の人だ」と言ってね」  眩暈がするような嬉しい言葉に岸田は瞼を深く閉じ、恋人の首筋に顔を埋めるのだった。 ーーーend 最後までお読みくださりありがとうございました。 次回は新たな人物の登場です。 読みに来ていただけたら幸いです。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加