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さっそく、店長業務の引き継ぎが翌日から始まった。内容はいつも見ていて何となく分かっていたが、今後全ての業務の責任を負うことになると意識した途端、緊張感が高まる。
――― 果たして、自分に務まるだろうか
岸田の不安げな表情に気づいた原が、諭すように言った。
「そう構える必要はない。天野さんや中井さんがフォローするし、他のスタッフも助けてくれる。患者さんも君が店長になったと知ったら喜ぶよ」
「きっとみんなが尋ねてきます、『原店長はどうしたんだ?』って。1ヶ月は続くでしょうね」
「明日から あっちとこっちを行き来するから、不在時は頼むね」
「大変ですね」
「新店舗を任されるのは初めてだから、戸惑うことが多過ぎる。24時間年中無休を少ない人数でどう回していこうか悩んでいるところだ。たぶん、ここにも応援要請を出すことになるだろうから、その時は宜しく」
原の移動先である【第一医大病院前店】は、ひまわり薬局初の24時間365日対応可能な基準薬局だ。もしこれが失敗すると、今後の店舗進出にも影響を及ぼしかねない。それだけ原の責任は重大だった。
そんな彼を思えば、自分の店長昇格なんて大したことはない。原が安心してここを去っていけるよう、しっかり頑張らなければ――― そう思う岸田だった。
「じゃあ、行って来るから」
昼休憩のあと、岸田と原は同じ敷地内にある桜台中央病院へ店長交代の挨拶に出かけた。
そんな二人に向かって「いってらっしゃい」と手を振るスタッフ。この半年間、まともに口を利かなかった二人に ようやく和解の兆しが見えて、彼女達に安堵の色が広がっていた。原因を憶測したが、結局わからずじまい。しかし、今となってはどうでもいいことだった。
病院へ向かう道すがら、原と並んで歩くことに抵抗を感じた岸田は2~3歩下がって歩いていた。
歩きながら原の背中を見つめた。
数えるほどだが、そこに腕を回した記憶がある。逞しい肩と厚みのある胸だった。だけどもう、それに触れることはないだろう。
――― あれから、祥子さんとはどうなったんですか?
胸の中でそっと呟いたはずなのに、原が振り向いたので岸田は仰天した。
「どうしてそんな後ろを歩くんだ?」
心臓が止まるかと思った。
「早くこっちへ来いよ」
岸田は赤くなった顔を俯かせると、少しだけ歩調を速めたのだった。
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