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sieve001 優しさ
ミライ博士は初対面だった僕にこう言った。
「彼女の人知を超えた能力は、新人類への希望だ!」
そう言った。そして、こう続けた。
「彼女の能力を解明し、それを人類の物にできれば、私たちは変わる。
人間という存在の在り方が、根本から変わるだろう。
それは私たちの人類史における、いかなる技術革新よりも、
もっと偉大で、もっと強い変革を私たちにもたらす。
なぜなら、私たち人間の命の形そのものを変えるものだからだ。
これはやがて、すべての人間が幸福に暮らせるという、
誰もが夢見た理想郷を築く礎になるだろう。
それこそが新世代、ニュージェネレーションの始まりだ!」
ミライ博士は、まるでその目にもう未来が見えているかのように大興奮して、そう言った。
僕はそんなミライ博士のことを、最初はただの変人。
ただの誇大妄想家だと思って、あまり真に受けないようにしていたが。
博士が言った、その彼女に初めて会った時は、
そのような妄言も仕方ないと思うほどの驚きと、
期待を同時に感じたことを覚えている。
正確に言えば、彼女の摩訶不思議としか言いようのない、
その力を目の当たりにしたときだが。
そのときに感じたことをありのままに言葉にするなら、
神の使いか、あるいは恐れ多くも神そのものに出会ってしまったかのような、
そういう感覚だった。
もちろん、彼女は間違いなく人間だったが。
彼女は言葉を話さなかったが、意思の疎通には困らなかった。
少なくとも僕たちが伝えたいことは、僕たちが伝えなくとも彼女は知っていた。
不思議とそれを怖いとは思わなかった。
そこから僕たちはよく顔を合わせた。
彼女はミライ博士の研究に協力的に見えた。
研究は毎日順調に進んだ。
ただ、日が経つにつれて彼女が疲れているんじゃないかと、
そう感じさせる時も増えてきた。
貧血のような症状が出ることが度々あり、
その時は手を貸し、肩を貸し、必要があればベッドに連れて行った。
たいていの場合、すぐに良くなった。
彼女の年齢は知らなかったが、少し華奢な大人ぐらいの体つきのわりには、
タフで多少のことではへこたれなかった。
辛いという意思表示をしたことは、一度もなかった、と思う。
どんな時でも、彼女はいつも通りだった。
また僕や博士が彼女の私室に行くときには、必ず紅茶が用意してあった。
朝に行こうと、昼に行こうと。私たちが今日はどうかな、と少しでも期待する気持ちがあれば、必ず紅茶は用意してあった。
とはいっても期待していなかったことなど、ほとんど無かったのだが。
彼女の出してくれる紅茶は常に淹れたて、あたたかな湯気が立っていて、
博士はミルク入り、僕のものはたっぷりの砂糖入りだった。
ある時から僕が体を気にして甘いものを控えるようになったら、
僕が何も言わずとも、余分なものを入れずにそのままの紅茶を用意してくれるようになった。彼女はいつもそういう人だったし、何の気なしに、これからもずっとこういう毎日が続くだろうと思っていた。
そう、あの日の朝が来るまでは。
今朝、僕が彼女の私室を訪れたとき、紅茶はなかった。
そしてキッチンからは、何かを知らせるアラームが鳴り続けていた。
急いでキッチンに行くと、アラームを鳴り響かせているのが、彼女がいつも使っているポットだと分かった。
彼女はそのポットの目前で倒れ、床に突っ伏していた。
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