第一幕 一章 出逢いの季節ですよ一匹狼くん

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『条件を呑むならやってやってもいい。』 どこまでも高飛車に人を見下したような科白が、1棟3階に響いた翌日、紅学園では各部活動、委員会の長たちが大会議室に集合していた。時間は遡って4日前、入学式から2週間が経過し、実力テストの結果が出た日の翌日───── 「会長、さすがに補佐をつけた方がいいのでは?来年は貴方も私達も受験ですし、3年間ずっと生徒会活動だけで終わらせてしまうのは少しもったいない気がします。」 副会長である梨木にそう言われたのは入学式の前日だった。俺としては別に生徒会業務ばかりをしているつもりはないし、そこまでこの地位を大変だと思ったことはないが、まあ来年のために人材を育成するのも悪くないと思い、学力テストで主席だった1ーSの問題児─────黒瀬 慎を探していた訳だが、教室にいない以上どこにいるかが分からない。とりあえず「保健室に入り浸っている」という噂を元にそこに向かった。 『黒瀬?テスト終わってから来てねーよ。もう4日は見てねえな。』 『4日?テストは木曜まででしたよね?』 『ああ、あいつ全教科1日半で終わらせたからな。それよりなんでまたお前があいつ探してんだ?』 伊吹先生の言葉は右から左に抜けて行った。 「全教科」を「1日半で終わらせた」と言う小学生でも理解出来る内容を咀嚼するのに随分と時間がかかり、何度か瞬き、挙句首を傾げた俺は伊吹先生に苦笑じみた笑みを浮かべて『言いたいことは分かる、別にお前が作った問題が簡単すぎたわけじゃねえから安心しろよ。』と慰められてしまった。 伊吹先生がカンニングを許すはずはないし、もちろん自分が答えを教えるなんてことはしないと分かっていても、全22教科を1日半で終わらせたという事実は受け入れがたかった、がその疑問を解決するにしてもまずあの問題児を見つけなければと思い直して、校内を探したがその日は見つけられなかった。 翌日も同じように探したが見つからず、だが教室には毎朝顔を出しているようなので、次の日にとその日は探すことすら途中で止めた。時間の無駄だ。そしてその翌日、朝早くに1年の教室に行き、やっと見つけた問題児に提案をもちかけたところ、返ってきたのが冒頭の科白だった。 それを聞いて俺はその場で爆笑した。そしてこいつとなら退屈な業務もある程度は楽しくなるだろうと確信し、その場でそれを了承した。 …そしてその結果がこれだ。 「初めに、新しく生徒会役員補佐になる黒瀬だ。黒瀬、挨拶。」 「…かいちょーの補佐になりました黒瀬です。お願いします。」 座ったままだがまともだ。まあ良しと「皇、こいつは初日に騒動を起こしたやつだろう。何故こいつを補佐にした?」チッやっぱそこか。あーめんどくせぇ… 「弓道部部長、土生 絃葉。挙手をしてから発言しろ。」 「なっ?!お前…!俺はお前より先輩だぞ!」 「だからなんだよ。あんたに敬うべき要素が見つからないからこの態度なんだ。」 おいおい勘弁してくれ。今からお前の案を通すのにその態度は反感しか買わねえだろ…つかこいつ、ここにいるやつ全員の名前と顔入ってんのか? デフォルメ無表情で淡々と返す慎、憤っている土生、あとはまあ、静かだ。ここは…傍観だな。 ガタンッ… 席を立つ、か…さあどうする。 「ふっ、器の小せえ先輩だなぁ?まあ、帰りたけりゃ帰ればいい。あとで先輩だけ仲間外れってことになると思うけどな。」 「っ…!」 「黒瀬。」 「…どうぞ、東雲先輩。」 「土生はお前より2年は長く生きている、土生だけじゃない、ここにいる者は全員お前より年上だ。人生経験もここで学んだ年数もお前よりは遥かに多い。いくら実力テストを1日半で終え、かつその結果が満点だったとしてもお前がやったのはまだだ。」 東雲の言葉に騒めく室内。 なるほど、な。 「土生先輩、すみません。少し調子に乗りました、他の先輩方も不快な思いをされた方がいるのならこの場で謝罪します。」 「っ…すまない、こちらも少し言いすぎた。」 「…さて、今回の議題だが…梨木。」 「はい、今回の議題は「Fクラスの学園社会への復帰」です。」 梨木が告げた内容にその場は静まり返り、次いで先程の比ではない騒めきが室内に満ちた。まあ無理もないだろうと思うが、狼雅と慎があからさまに顔を顰めている。久里はものすごく面白そうな顔をしているし梨木は…見なかったことにしよう。 「紅奈、いや黒瀬、それはどういうことかな?」 あ、あー…なんで貴方(あんた)が口開くんだよ…梨木の顔見ろよ。 とまあ一旦落ち着いた室内(軽く7分は要した)の中で律儀にも挙手をし、当てられてもいないのに勝手に喋り出す人物と室内にいる全員に向かって慎は説明を始めた。 「そのままの意味ですが?どこか理解できない点がおありですか、帳先輩。」 …説明はしてないな、これはもう普通に頭痛がしてきたわ… 「理解できない点で言えばなんも理解できんわ。なんであいつらをこっち側に連れ込まんといかんの、アホらしい。」 「…へぇ?そう思うわけは?」 「あんな野蛮な落ちこぼれをこっち側に入れる意味は無いと言うてるんや。」 「野蛮、ね。そんな風習を作ったのはあんたらだろ。」 「「「っ…?」」」 …これは、絶景だな。やはり正解だった、か…自分の落ち度を認めたくは無いがこの点に関しては皆共犯で同罪だからな。 「彼らを隔離し、十分な勉強もままならない状態にしたのはあなたたちですよね?ずっと前からFとはそういうものだと思い込み、自分たちとは違う異質な存在を疎んで誰も彼らを気にかけなかった。俺は何か間違ったことを言ってますか?」 「…君はここの常識に疎いからそう言えるんやろ。俺らはずっとあいつらに怯えてきた。実際君もナイフで襲われたやろ。」 「あれは自衛に過ぎませんよ。実際にあれをやったのは1年ですし、上の学年にいけばそれなりに腕の立つ奴もいますけど、それだって長年の自衛技術です。別に貴方がたが悪いとは言っていません。これも一種の“伝統”でしょうしね。でも俺はそんな伝統ぶっ壊すべきだと思います。」 本日二度目に静まり返る室内。図書委員長が本のページを捲る音だけが響く。熟考してくれて構わない。そのために今日の生徒会業務は昨日のうちに(慎に手伝わせて)終わらせてきた。 「…黒瀬くん、といいましたか、仮にあの方達をのばな、失礼、学園社会に復帰させたとして彼らが粗相を起こした場合誰が責任を取るのです?」 「俺が取ります。これでもSクラス主席なんで、退学ともなれば大きな痛手でしょう?新歓があるそうですね、まずはそれまでに常識知らずな獣を調して見せますよ、茶柱先輩。」 「「「「っ………」」」」 平凡無表情だからこそ慎が形作る笑みは格別に悪く、美しく見える。何より心底楽しいと言わんばかりに目を輝かせているんだから…こいつは退学など微塵も恐れていない。Fクラスを信用しきっているようでもない。ただ、自分の言葉で人を動かすのが楽しくて仕方がないという感情だけしか、今、慎の頭にはないんだろうと簡単に想像できる。だが、人の醜さを知り、嫉妬、憎悪、怒り、そんなものに揉まれていずれそれは冷めきるだろう。 俺と同類、そうでなきゃこの椅子は渡せない。 「理世、上手くいった。」 「そう、か…」 「何、嬉しくねえの?」 1棟屋上、折角俺が約束を取り付けてきたというのに俺の真下でその綺麗な瞳を伏せた男は浮かない顔だ。 「…随分ご機嫌だな。」 「そ?理世は沈んでるな、どうせここにいる間は兄さんにもバレないんだし思う存分好きにしたら?そんで見返してやんの。」 自分の髪を摘んで、彼の首をはたくと瞼がひくりと震えて気怠げに睨みつけられる。 「簡単に言うな。そもそもこんなことのためにお前の退学を賭けなくても良かったんじゃねえの?」 「ん、いんだよ。俺の自己満だし、あーでも貴方に会えなくなるのは嫌だな。んっと国宝級の顔だよなー」 「…はぁ、そりゃどーも、光栄だよ王様。お前がこっちに顔出さねーの?」 王様、ね。この人に言われるとそれも悪くないと思うから不思議だ。やっぱ顔だな。けど王様にその口の利き方はないんじゃねーの?…やっぱ顔だな。駄目だ、なんでも許せちまう… 「俺もこっちで遊んでたいんだけどなーとりあえずクラス編成終わるまでそっち手伝えってさー明日会長様と教室行くからそのつもりで、んー気持ちいっ」 すごい徒に頭を撫でてくる。 筋肉ってこんな柔かかったっけ…と思いながら彼の胸に顔を埋めると柔軟剤のいい匂いがした。 もう少しで春も終わって夏がくる。あいつは元気してるかな、なんて…俺、確かにご機嫌だ。 「眠れてないのか?」 「んー?んなことねえよ?あったかくていい抱き枕があればどこでも寝れんの。」 「俺は抱き枕か。」 「あっ明日朝礼(夕方版)で俺の就任発表があんだけど、ついでにFの復帰発表もするから。」 「ふっなんだよ夕方版って、紺野持ってけ。」 「っ…」 すっげえな、鼻で笑っただけでここまで色気って出んのか?っていうか持ってけって貴方こそ王様だな? 『慎はねっ将来ぜーったいに誰かの寵愛を受けるの!』 『いや寵愛ってどこの王様だよっ!それも貴方、男しか望んでないだろ!?女王様かもしんねえじゃん!』 おぉ嫌なことを思い出した… それから理世の腹で寝て、起きたら部屋に帰ってて晩飯まで用意されていた。まさに至れり尽くせり。こんな王様ありかって思った。 「伊吹、お久ー」 数日ぶりに見る黒瀬はえらくご機嫌だった。 すたすたと俺の前まで来た彼はその手にしっかりと教科書類を抱えていて、教えてくれということだろうと察し、背を押してソファに誘導する。 確かこいつ… 「生徒会長補佐、断らなかったのか。」 「ん、ちょっと、な。やりたいことあって。」 「ははっ学園征服とか考えてるんじゃないだろうな?」 「ふっ、んなわけ、まあちょっとは変わるかもな。今日もさー午後から業務あって、その前に貴方に…」 尻すぼみになる言葉。傾いていく小さな頭。つまりはそういうことだ。 「いつでも来いよ、今更周りに合わせてぶりっ子する必要もねえだろ、な?」 「ん"っーそういうとこ嫌い…」 「ふっははっ、可愛くねえやつだな。」 グリグリ、グリグリ擦り付けられる頭。 俺もお前も天邪鬼だ。 「ほら勉強するんだろ?」
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