第一幕 一章 出逢いの季節ですよ一匹狼くん

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「慎、行くぞ。」 「ん、じゃな伊吹。」 伊吹に挨拶をして会長と1棟四階に向かう。 俯くだけで頭を撫でてくれた伊吹、またなって言ってくれた伊吹。複雑ではあるがこれからの精神的疲労を思えば予防注射のようなものだ。 「ご機嫌だな。」 「…分かんの?」 「そりゃ人の顔色くらいは読めないとこの仕事務まんねえからな。伊吹先生効果か?」 「っ、んなんじゃねーよ。」 ははっと笑った会長に誤魔化せてねえなとは思ったがスルーしてくれるのならそれに肖るしかない。だって伊吹は、刹那は「慎。」 「っ、ぁ、り…東先輩。迎えに来てくださったんですか?ありが────っ…?!」 「ふふっ一度お前にその顔をさせてみたかった。」 「…………」 しらけた。かんっぜんにしらけた。そんなんで俺がときめくとでも思ってんのかくそ野郎。いやまあちょっとはドキッとしたけど!驚いたけど!それはしゃーねーじゃん!普段自分から触れてこねえ奴が急に腰抱いてきたら驚くだろ普通!ったく何がしたいんだよ、後でしっかり聞いてやる。 「あ、ずませんぱ「やめろ気持ち悪い、いつものように呼べばいいだろ。」」 「チッ…俺だってこんなことしたくねえよ。今日はあくまで会長補佐としてきたからこの口調なんだよ察しろボケ。」 「じゃあお前は生徒会室でもその口調なのか…?」 「引くな引くな、ちげーから!」 「じゃ、別にぶりっこしなくていいよな?行くぞ、皇。」 「っ、はい。」 えっマジ?会長いつもの俺様どこ行った?ちょっと顔赤いし、えっ理世に惚れた、とか…?マジっ?! 脳内は軽くパニックを起こしており、いつの間にか1棟まで来ていてエレベータの乗り降りも終え、教室に入る前で理世が一度立ち止まって、俺の手を離したことでやっと我に返った。っておい、何しれっと手繋いでんだよ。 「理世。」 「全員はいない、学校に来ない奴もいる。それは…分かってくれ。」 「はい。」 理世が、緊張して、る…?何故だ…?ここに来たいと言ったのは会長で、理世に拒否権はなくて… 理世はFの奴らを誇りに思っている。理世が入った時の先輩は後輩への扱いがひどくて理世たちは自力で這い上がったと言っていた。それに加え、Sクラスなど高位クラスからの貶みの目、暴力、強姦、カツアゲ…それらに理世は、紫乃たちは耐え、て… 「ッ!待てっ─────っ…」 遅かった、俺がくだらないことを考えていなければ、もう少し早く気づけたのにっ… 「…これは、どういうことですか。東先輩。」 「悪い、一種のおふざけだ。全員下ろせ。」 「そう、ですか。…慎。」 「ッ……」 仕方がない、こうなることは容易に想像できた。Sクラスの、学園のトップを自分たちの領域に入れるのだ。ましてや向こう側からなんの武装もせずに来てくれるのだから、彼らからしたら絶好のチャンス、だというのに俺はっ… 「別に慎くんは悪くないでしょう?そもそも私たちは貴方に傷一つつけていません。ですよね、皇会長。」 「「っ…」」 俯けていた顔を上げると会長のすぐ横に紗夜さんが立って会長に手を差し伸べていた。 「安心してください。この手には何も仕込んでいませんよ。奥へとご案内します。」 「…紺野、先輩。相変わらずお美しいですね。」 「っふふ、ありがとうございます。覚えていてくださったんですね。」 会長は差し出された手を躊躇いなく取って紗夜さんと共に割れた人垣の間を進んでいく。 俺はそれをその場に棒立ちになって見ていることしかできなかった。 「慎。」 「っ……」 「悪かったな、信用落とすようなことして。」 「ぁ、いや…こっちこそ悪かった。行くか、おはよう紫乃。」 「おはようさん、やっぱカッコええね会長様。」 「そ?貴方の隣の男の方がカッコよくない?」 「バカなこと言ってないでさっさと入れ。」 「ハイハイ。」 お互いに心中を見せない、偽りの表情を繕って。 貶まれる気持ちが、罵倒される気持ちが、虐げられる気持ちが、俺には到底解らない。 失敗したのは俺だ。 ただ紗夜さんも、会長も、理世も紫乃も莉鶴も、みんな仄かに安堵の笑みを浮かべていて、俺にはそれが、ひどく気持ち悪く感じた。 それから簡単な「交流」を行って、俺の就任式とFの復帰発表もして、多くの批判を浴びた。 その日、気づけば部屋にいて、何をするでもなくベッドに倒れ込んでいた。 ピンポーン… 誰にも会いたくはない。 『帰ってくれ』とメッセージを入れると、チャイムの音は着信音に代わった。 「…帰れっつってんだろ。」 『別に無断で入ってもいんだぜ?』 「…だっるクソが。」 寝返りを打って壁の方に顔を向けて目を閉じる。 ほどなくして扉が開き、ぎしりとベッドが音を立てて、人の体重を支えた。 「…悪かった、配慮が足りなかった。」 「別に、謝んのはこっちのほうだろ。せっかくお前がいろいろしてくれたってのに、抑えられなかった。」 「…俺、人の痛みとか分かんねえんだよ。みんな俺を大事にしてくれて、そうやって育った。会長に、俺に、当たりたくなるのも仕方ねえよな。」 俺の髪を弄んでいた手が止まった。 ひとつ息を吐いてごろんと上向くと黒瑪瑙が俺を映す。 手を伸ばせば取り上げるように乱暴に引き上げられて 「…ふっオニキスってよりオパールか。」 「なんの話だよ。」 「んーや、それより飯食った?」 たった二人だけの自分たちで作る晩餐に誘った。 「っ……」 週明けて月曜。登校早々はぁ…と内心でため息を吐く。 別に虫が嫌いというわけではないが死骸は匂うから面倒い。何より俺に嫌がらせをするためだけに殺したのなら可哀想だ。野生児ではないが食物連鎖以外の殺傷、特に自然界のものに対するそれは、許せないまではいかないものの苦痛でしかない。まあ俺が寝坊したんが悪いんかもしれんけど。けど俺、先週威嚇せんかったっけ?いつの時代のイジメ? 「ニャンっ」 「黒瀬くん、遅刻です。」 「…先輩、可愛いですね。シフォンとのツーショット。」 中庭に「肥料」を埋めていると、上から声が降ってきたので顔を上げると、王子様さながらの銀髪イケメンがマンチカンを抱いて立っていた。立ち上がって腹を撫でてやるとくすぐったいのか気持ちいのかうにーっと伸びる。うん可愛い。 「顔合わせ、って先輩顔赤いけどだいじょぶ?」 「あ、いえ…その、シフォンが可愛くて…」 「…あのさ、なんで隠してんの?」 手を引いてベンチに座らせ、自分も腰を下ろして足をぶらつかせるふりをしながら埋めた跡を慣らす。 会長までとはいかずともこの人も頭がいいんだろう。端折った部分を的確に察してくれた。 「…家は、それなりに由緒正しいところで、強制、というか…されることも多くて。俺は(ここ)でトップを取れなかったので、それを、これを、貫き通すしかない、副会長という地位を。」 「…それは、それって先輩にとって苦痛じゃねえの?自分を偽って会長とか、生徒の顔色見てってさ。」 「別に、辛くはないよ。うるさいけど吐き出せる先輩もいるし、この地位は案外役得だから。」 「へぇ、帳先輩とは幼馴染かなんか?」 「…ほら、戻りますよ。まったく最初の業務に遅れるなんて社会に出たら有り得ませんよ?またね、シフォン。」 シフォンを手から放して立ち上がった先輩が昨日の紗夜さんみたいに俺に手を差し伸べて、なんだかなと思いながらその手をとって立ち上がった途端に、先輩はくるりと踵を返して歩き出した。一度タンッと足を踏み鳴らして先輩の後に続く。 「殺された虫の気持ち」はもう分からなくて、代わりに俺は随分気楽なもんだなと思った。 「おっそいんだよテメェ!今何時だと思ってんだ、あぁ?!」 「ガラわっる。顔合わせつっても一回会ってるじゃん、なあ?」 「だねだね!これからよろしくねーシンシン!」 「ふっ一昨日のお気に召しました?くりたん?」 「おーすごいね君!うんうんお気に召したよー!面白かった!ね?ロウちゃん?ってシンシン?!」 くりたんこと二階堂久里先輩が相槌を求めた先に1日ぶりに見るわんこを発見してすぐさま撫でると擦り寄ってくるわんこ。可愛い。なんかいろいろ荒んだ心が癒やされる。 「蓮見先輩、ロウちゃんっての?」 「ん、狼雅、っていう。よろ「うんよろしく、ロウちゃん先輩。」」 「ふふ、慎はいぬ、みたい。」 「いやあの、うん。」 貴方の方が犬っぽい、という言葉は飲み込んだ。仮にも狼雅という名前なんだ、犬では不服だろう…可愛いけど。 腕組みをして椅子にふんぞりかえる会長、やれやれと言ったように会長の側に控える副会長、へらりとおちゃらけた笑みを浮かべる会計、手の下には柔らかな栗色の髪を存分に擦り付けてくる書記。 まあ、ここならやれるかもしれない。伊吹に、刹那に認めてもらえるようなことが。……授業免除だし。 ────────── ゴーっとドライヤーの音が響く室内。 銀糸が熱風に靡いている中を華奢な手が適当に動かされる。 「紅奈様、寝ないでください。」 「ん、疲れてるんだよ仕方ないだろ、あと名前で呼ぶな。」 「はぁ…あの可愛らしかった頃の貴方はどこへいったんでしょうね。」 「…るさい。もういいだろ、自室へ帰れ。」 「何にそんなに疲れてるんです?」 カチッとドライヤーの電源を切って線を抜きながら男が問うと、長い睫毛を僅かに揺らして微かにその美しい薄緑の瞳を覗かせた男の主人は「ん…」と唸って、ソファの座面よりも一段高い場所に頭を乗せた。 「…バレた、かも…」 「……は?」 「ちょっと、驚いて、素が出た、というか。」 「…誰にバレたんですか?まさかあの俺様野郎じゃないでしょうね。」 「会長じゃない、ぼっちの不良くん新入生。黒瀬慎くん。」 「貴方ときどきすごく失礼ですよね。」 「学校でのお前よりマシ。昼前に会ったんだけどそれからその…」 「あーあー分かりました。まあぼっちなら問題ないでしょう、一応調べますけど貴方も警戒してください。ほら、もう寝てもいいです、はぁ…」 その言葉が終わらぬうちにすぅ、すぅと寝息を立て始めた主人にため息を吐きつつもその真白い額に一つ口付けた男は、主人を抱き上げてそっと寝台に下ろし、電気を消して窓から一般寮にある自室に帰っていった。
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