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「おはよう。あら、顔色が悪いわね。大丈夫?」
「うん、平気」
「そう?ならいいけど。そうだ天音、お誕生日おめでとう!」
身支度を終えて一階のリビングに降りれば、母の元気な『お誕生日おめでとう』が私を出迎えた。新聞を読んでいた父も母の言葉に顔を上げると、「おはよう、誕生日おめでとう」とうっすらと微笑んで私を見る。
食卓に着けばテーブルにはご飯とお味噌汁、それに私の好きな半熟の目玉焼きが用意されていた。
好きな物は最初に食べる派の私は、いつもなら一番に目玉焼きに手を付ける。でも今はそんな気分になれなくてのろのろと箸を手に取り、ずずっ、とみそ汁を啜った。考え事をしながらだと味がよくわからない。
『手紙はこれで終わり』とはどういうことなのだろう。文面通りに受け取って間違いはないはずだが、どうしていきなり終わりを告げられたのか全く心当たりがない。
どれだけ頭を捻っても何も思いつかず、箸だけが進む。母に声を掛けられてお皿の上を見ると、いつの間にか食べ終わっていた。
「本当に大丈夫?」と怪訝そうな表情でこちらを見た母に、「大丈夫」とだけ言って皿を渡し、私は荷物を背負って玄関の戸を開けた。
学校に行けば予想通り、友人たちが祝ってくれた。中にはプレゼントまで用意してくれている子までいて、たくさんの「おめでとう」に込められる限りの感謝を込めて「ありがとう」を返した。
だけど依然として胸の中にはもやもやとした霧が立ち込めていて、去年のように心躍るだけの誕生日とはいきそうになかった。
授業中のふとした時間に頭には深い青が浮かぶ。休み時間にはもう一度あの夢が見られないか机に突っ伏して目を閉じた。それでも駄目で、大きなため息をつく。この日何度目かの「大丈夫?」を友人の口からも聞いてしまった。
一日中考えるだけ考えて、結局何も思いつくことなく家路に就いた。亀の歩みで進む私の隣を、キャーキャー叫びながら数人の小学生が追い抜いていく。無邪気な姿を見送って、同時に自分にもあんな時期があったんだな、と懐かしくなった。
初めて手紙を受け取ったのは小学校六年生の時だった。
ファンタジー小説でしか見たことがないような空間に、飛び出してきた白い封筒。夢とはいえ、よく警戒もせず開けたものだ。それが二通、三通と続き、次第に私は手紙を読むのが楽しみになった。見知らぬ誰かが五年間送り続けてくれたあたたかい手紙の文面は、光となって消えてしまった今も、ずっと覚えている。
せめて差出人だけでも知りたかった。
そんなこと考えたってもう遅い。夢は一年に一度、私の誕生日にしか見ることができないのだから。
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