序章(1)紫夕side

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「……何で逃げなかった?」 耳が聞こえない。言葉が話せない、と言う事も頭を過った。 けど、意外にも少年はすぐに答えた。 「別に……どうでも良かったから」 その、呟くような言葉は俺の感じたままだった。 「生きてても、何も……ないから」 感情のない、人形から放たれたようなその言葉は、すぐに消えてしまう雪のように切ない響きだった。 ーーっ。 ……消したく、ねぇ。 すると今度は怒りではなく、どうしようもなく"何とかしてやりたい"と言う気持ちが俺の中に灯っていた。 何故そう感じたのか分からなかったが、俺は言った。 「……そうかよ。 なら、その命。俺によこせ」 そう言って、俺は右手を少年に差し出した。 「どうでもいいなら、俺が使ってやる。 ……だから、俺が良いって言うまで死ぬんじゃねぇ」 その言葉に、少年が真っ直ぐに俺を見た。 相変わらず何の感情も感じさせなければ、差し出した俺の手を取る事も、少年はしなかった。 けど。 とりあえず生きる事を、考え直してくれたように俺は感じていた。 これが俺と、コイツの出逢いだった。 それは、そう……。 捨て猫を拾ったような感覚だったんだ。 拾っただけで、助けたような気持ちになっていたんだ。 でも俺はコイツと出逢って、誰かを護るという事の本当の意味を知る事になる。
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