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「……何で逃げなかった?」
耳が聞こえない。言葉が話せない、と言う事も頭を過った。
けど、意外にも少年はすぐに答えた。
「別に……どうでも良かったから」
その、呟くような言葉は俺の感じたままだった。
「生きてても、何も……ないから」
感情のない、人形から放たれたようなその言葉は、すぐに消えてしまう雪のように切ない響きだった。
ーーっ。
……消したく、ねぇ。
すると今度は怒りではなく、どうしようもなく"何とかしてやりたい"と言う気持ちが俺の中に灯っていた。
何故そう感じたのか分からなかったが、俺は言った。
「……そうかよ。
なら、その命。俺によこせ」
そう言って、俺は右手を少年に差し出した。
「どうでもいいなら、俺が使ってやる。
……だから、俺が良いって言うまで死ぬんじゃねぇ」
その言葉に、少年が真っ直ぐに俺を見た。
相変わらず何の感情も感じさせなければ、差し出した俺の手を取る事も、少年はしなかった。
けど。
とりあえず生きる事を、考え直してくれたように俺は感じていた。
これが俺と、コイツの出逢いだった。
それは、そう……。
捨て猫を拾ったような感覚だったんだ。
拾っただけで、助けたような気持ちになっていたんだ。
でも俺はコイツと出逢って、誰かを護るという事の本当の意味を知る事になる。
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