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その光景に俺は「チッ」と舌打ちすると、強く地面を蹴って更に走るスピードを上げた。
だが、間に合わない。
鋭い唸り声を上げたキマイラが、子供に向かって爪を振り上げる。
畜生ッ……!!
己の無力さを恨み、心の中で叫んだ。
しかし、その時だった。
キマイラが足場にしていた瓦礫の山がガコッと崩れ、体勢を崩したキマイラの爪は子供の首ではなく左肩をガッと掠めた。
その衝撃で肩からは血が噴き出し、子供はその場から少し飛ばされて地面に倒れ込んだが、命が失われる事は免れた。
まさに間一髪。
その奇跡のような出来事に心から感謝と安堵した俺は、気を持ち直して子供を護るように前に立ちキマイラに向かって斬月を構える。
体勢を整えたキマイラは目の前に現れた新たな敵に大きな雄叫びを上げると、目標を俺に切り替えて爪を振り下ろしてきた。
ガッ、キィーーーンッ……!!!!!
重い一撃を受け流し、少しずつその場からキマイラを連れて離れようとしていると、倒れていた子供がモゾッと動き、ゆっくりと上半身を起こす姿が横目に映った。
「おいッ、聞こえるかっ?!
足が何ともねぇならすぐにこの場から離れろッ……!!」
倒せない敵ではない。
庇いながらでも十分に倒せる相手だ。
でも俺は、幼い子供にこれ以上の惨劇の場を出来れば見せたくはなかった。
俺が見たところ、この村での生き残りはこの子供だけ。両親や身内を殺され、住民を殺され……。すでに心に深い傷を負っている筈だった。
俺が今から斬ろうとしているのは、その仇とも言える存在。
だが、これ以上の血を見る事は必要はもうないだろう。そう、思った。
しかし、子供はその場から動かない。
腰でも抜かしたのか?と、俺はキマイラの攻撃を受け流しながら様子を伺っていた。
すると、ゆっくりと俯いていた顔を上げた子供と、目が合った。
……ーーッ。
その瞳を見た瞬間、俺は悟った。
ああ。
コイツは、"動けなかった"んじゃない。
"動かなかったんだ"、と……、……。
足が竦んでいた訳でもなければ、腰を抜かしていた訳じゃない。
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