第二話

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第二話

 彼女曰く、詳しい原理はわからないが自死した人の魂は時空を飛び越えて過去に戻る。そして前世の自分と全く同じスタートをきることになる。人生を何度も繰り返すうちに、そういったことがよりはっきりと感覚としてわかっていったという。  6回繰り返した人生の中で、起こった出来事や出会う人などに多少の違いはあっても、家族や友人など自身に大きく関係のある人物は基本的には毎回同じで変わることはなかったらしい。いわゆる神の領域的な部分に足を踏み入れてしまったことで偶然にも理解したこの仕組みは、言葉ではなんとも説明できないが全ての人間に当てはまる摂理なんだ、とも彼女は続けた。 「普通は前世の記憶なんてないから、自殺しちゃった人は何も知らないままに同じ人生をもう一度辿って、全く同じように苦しんでるんだよ。それで辛くて死んじゃったらまた最初から。何万回も同じ人生を繰り返してる人もいるのかもしれないね。でも自殺さえしなければ今世のあと違う来世を手に入れられる。だから、人生を変えたいのなら死んじゃいけないんだよ。」  ようやく落ち着いて喋れるようになってきた僕は、浮かんでいた疑問を彼女に投げかけた。 「だったらさ。どうして君は違う来世を手に入れないの?そこまでわかっていてどうしてなんども自分で死ぬことを繰り返してるの?」 「私は転生なんてしたくない。ずっとこの人生がいい。ずっと私でいたいの。だからわざと繰り返してるの。だって転生したら彼に会うことはもう二度とできない。万が一、来世で彼の魂に出会えたとしてもそれはもう私の大好きな彼じゃないでしょ。だけど私が私を繰り返してる限り、私は何度だって彼に会うことができるんだよ。これは私だけが手に入れた奇跡なの!手放すわけないじゃない!」  先程までとは別人のように、急に声を荒げて感情的にそう言い放った彼女の全身からは狂気が放たれていて、僕は少しだけ恐怖を感じた。 「大好きな人に会うためだけに君は来世を捨てて何度も自分を殺してるってこと?」 「そうだよ。異常でしょ?」  正直普通じゃないと思った。だけどそう感じるのは僕がそういう感情を知らないからで、もしかすると愛とはこういうものなのかもしれない。そんなふうに考えると単純に羨ましくも思えた。 「どうだろう。よくわからないよ。」  正直な気持ちを吐き出しただけなのに、彼女は初めて表情を大きく変え、とても驚いた顔で言った。 「軽蔑されると思ってたのに意外だな。優しいんだね。」 「いや、僕は愛も恋も知らないから。本当にわからないだけ。」 「そっか。」 「君はこれからもその方法を永遠に繰り返すつもりなの?」 「うん、そう。いつかバチが当たるかな?」 「さぁ。でも覚悟の上なんでしょ?君の人生だから君の自由にすればいいと思う。」 「…なんだか救われたっていうか、ちょっと感動しちゃった。…ありがとう。」 「肯定してるわけでもないから。関係ないしどうでもいいだけ。ついでに一つ聞いておきたいんだけどいい?」 「なんでもどうぞ。」 「君は僕に"死なないで生きろ"って思ってる?だからいろいろ話してくれたの?」 「ううん、そうじゃない。あなたに話したのはただそういう気分だったからってだけ。だいたい何度も死を選んでる私が人にそんなこと思う資格ないでしょ。」 「確かにね。」 「私の話を信じるかどうかも、死ぬかどうかもあなたが決めることだよ。だからあなたの思うようにすればいい。」 「そうだね。ありがとう。」 「ううん、こちらこそ。今まで繰り返してきた人生の中であなたに会ったのは初めて。意味はないんだと思うけどなんだか新鮮で楽しかった。」 「しつこいようだけど君も今日死ぬんだよね?」 「あなたの死を邪魔しちゃ悪いし私は日を改めるよ。一人で存分にこの世とさよならしてから逝って。じゃあね。」  そう言って彼女は足早にその場を立ち去ってゆく。 「うん。それじゃあ。」  僕は再び一人になった。静けさの中で一人、世が明けるまでいろいろなことを考えた。  結果、僕は生きた。死ぬことをやめて生きることを選んだ。  彼女の話を完全に信じた訳ではなかったけれど、この酷い人生をもう一度繰り返すかもしれないなんて冗談じゃない。例え記憶がなかったとしても絶対ごめんだ。強くそう思った。だから絶対に自殺はしないって心に決めた。  そう決意したからといって何かが大きく変わるわけはなくて、次の日もその次の日も死にたくなるような地獄の日々は続いた。それでも「来世は絶対に違う人生を手に入れてやる」という強い執念だけが僕をひたすらに生かした。  苦しみながらも時は流れ、地元から遠く離れた大学への進学が決まり、僕は高校卒業とともに家を出た。その頃から僕の人生は随分と良い方向へ向かっていったように思う。  たくさん友達もできたし、彼女もできた。今まで味わえなかった幸せが一気にやってきたようだった。親の援助は一切なかったから生活は決して楽ではなかったけれど、忙しい日々も全然苦痛には感じなかった。生きていることが楽しいと思えるようになった。時には辛いことだってもちろんあったけれど、あの頃の日々に比べたらなんてことはなくて、なんだって乗り越えられる気がした。思い出したくないほど苦しかったあの日々が皮肉にも僕に大きな自信をくれた。  大学を卒業して、そこそこ良い会社に入って、大好きな人と結婚をして…そうやって、ずっと望んでいたありきたりな幸せを僕は一つ一つ取り戻していっている最中だ。  新たな幸せがもう一つ。もうすぐ子供が産まれる。妻は里帰り出産のため少し離れた実家に帰っていて、久々に一人の休日を過ごすことになった僕は10年ぶりに地元に帰ってみることを思いついた。  そして今まさに、あの灯台へ来ている。  一番上までのぼってあの日のように町を見下ろしていると、あの時の記憶が鮮明に脳内に蘇ってふいに涙が溢れた。ここに来るまでに懐かしい風景をいくつも通ってきたけどなんの感情も湧かなかったのに不思議だ。  あの日ここへ来て彼女と出会わなかったら今の僕はいない。彼女にそんなつもりはなかったかもしれないが僕にとって彼女は間違いなく命の恩人だ。今考えれば来世で違う誰かになれても、今よりいい人生である保証なんてない。だけど自分の人生が大嫌いだった僕にとっては次もこの人生だなんて絶対に嫌だった。これ以外の人生ならなんでもよかった。だからあんな嘘みたいな話でも、それをきっかけにここまでくることができたんだ。  ねぇ君は今どうしているの?あの後も変わらず死を選び続けて、今もまだ同じ人生を繰り返しているの?僕は君のおかげで違う来世を手に入れられそうだよ。でも今の人生も手放しがたいくらいに悪くないものに変わったんだ。 「全部全部君のおかげだ。本当にありがとう。」  もちろん返事なんてないのだけど、なぜか、いつかまた彼女に会えるような気がすごくした。今日じゃないけれどきっといつか会える日がやってくる。そんな感覚が湧き上がって嬉しくなった。  何一つ根拠はない。だけど彼女は死ななかったんだ、って強くそう思った。  僕は生きる。次の人生にも期待しながら、今のこの人生を精一杯に生きていく。その日々の中で、できればもう一度彼女に会いたい。もちろん来世でも再来世でもない彼女に、あの日の続きを生きている"人生6度目"の彼女に会いたい。そんなことを時折願いつつ、この寿命が尽きるその日まで僕はひたすらにこの僕を生き続けていこうと思う。
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