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広大な海の、濃い霧に覆われた海域に浮かぶ島のひとつ、アイガ島。
島そのものが猛毒を持ち、ヒトの伝承の上で「死の島」と称される無人島。
その毒霧にかすむ森の樹上でとぐろを巻き、ただぼんやりとしていた隻眼の蛇は気の抜けたあくびをこぼした。
開いた口から猛毒を含んだ息が漏れ、蛇はハッとしたように体をこわばらせ口を閉じる。
が、すぐに安心したように脱力し、そのまま右目を閉じた。
(まだ慣れないな……)
ため息とともに猛毒を吐きながらも、蛇はうとうとし始める。まるで大仕事を終えたあとの休日を楽しむかのような、穏やかな表情だ。
……が、その表情もすぐに曇ることになる。
「おっ、いたいた!」
唐突に聞こえてきた声に蛇はビクリと体をこわばらせ、控えめに首を持ち上げた。
気配はひとつ。今はまだ遠いものの、それは枝葉をかき分ける音とともに徐々に近づいている。
やがてその気配はすぐ近くで動きを止めた。
「――あんた、バジリスクだろ?」
聞こえてきた声は、蛇を殺す者だけが言う英雄の台詞を吐く。
(こんな僻地までご苦労なことだ)
内心で悪態をつきながら、蛇はゆっくりと巻いた体をほどいた。
「えっ、あっ、待って待って別に殺さないから逃げないで」
途端に焦った風に声が言い、言葉を続ける。
「あと俺はアンデッドだから見てもしゃべっても大丈夫だぞ」
底抜けに明るい声に返事はせず、蛇は警戒したまま持ち上げた首を下ろしチロチロと舌を出した。
確かに敵意は感じられない。
――そして、アンデッド特有の死臭や腐臭もしない。
「な? この島にいても無事なのが何よりの証拠だろ? だからさ――」
(死にたがりめ)
おそらく声の主は毒を無効化する防具でも着けているのだろうが、蛇の吐く毒は鎧すら破壊する猛毒だ。
そんな防具など紙切れに等しい。
「――ちょっと? 俺の話、聞いてる?」
(まあ、島の毒には勝っているようだからいいか)
蛇は声の主が飽きるまで無視することにしたようで、数分もしないうちに寝息を立て始める。
「――えええ寝てるぅっ!?」
かわいそうな声の主の、うるさい突っ込みが静かな森に消えていった。
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