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「退屈でいいから平穏に生きてみたい」
たとえば気兼ねなく息を吐けるとか、遠慮なく景色を見渡せるとか。
ただそれだけの――しかし何よりも大きな理由で、蛇は死の島を住処に選んだ。
「誰も殺さない、誰にも殺されない生活がしたい」
彼は殺すために生まれ、殺されるまで生きるだけの己の宿命に抗いたかったのだ。
「今さら孤独なんてない。何もないならそれが一番いい」
客人の心配もない、生命の気配もないこの島は、生まれた落ちた時から命を殺し、同時に命を狙われ続ける生を過ごしてきた彼にとって独り気ままに暮らせる楽園だった。
……はずなのだが。
「おはようバズ! グッスリだったなこんちくしょうめ! よく眠れたか?」
目の前には蛇の顔を覗き込む生身の人間がいた。
「ぜんっぜん起きやがらねーから死んでんじゃないかと心配したんだぞ。まあちょっとつっついたらすぐ毒吹いたから安心したけどさ!」
人間は明るい声色でそう言い、人差し指で蛇の眉間をぐりぐりと押さえる。
古くからの悪友にじゃれつくようなためらいのない接触に蛇は思わず顔をしかめた。
(何をしてるんだ、こいつは……)
蛇は息だけではなく、表皮や血液にも毒を持っている。
それも触れた者を――槍を振るった騎士だけでなく乗っていた馬の命さえ奪う猛毒を。
(この様子では、こいつもすぐ死んでしまう……)
蛇はひどく憂鬱な気分になりながら、どうせ死ぬならと開き直り問いかける。
「お前はなぜ、わざわざこの島まで死にに来た?」
蛇がそう言うと、途端に人間は目を丸くし驚いたように言った。
「……あんた、渋い声してんだな」
大げさなリアクションに蛇は思わずため息をつく。
「言ってる場合か。死ぬ前に答えていけ」
「いやっ、いやいや死なねーって! 俺はアンデッドだってなんべんも言ってんじゃん!」
「死臭も腐臭もしない屍など存在するわけないだろうが」
「いや本当なんだって! 確かに腐ってないけど、俺はアンデッドなんだよ! 何されても死なねーの!」
必死に言う人間だが、蛇は胡乱げに顔をしかめている。
「うわー信じてないって顔してる……本当なのに……」
(仮に本当だとしても、アンデッドごときが私の毒に勝てるはずもないだろう……)
人間の声が変に明るいのも相まって、蛇の気分は沈んでいくばかりだ。
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