17.エピローグ・いまを生きる

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17.エピローグ・いまを生きる

 ナキが天国へ旅立ってから一年半が経過した。あの日、彼のおかげで人生を取り戻せたユタナは、本来の自分に戻ることができた。人生を変えてくれた奇跡の絵は、大切に部屋に飾っている。もちろん、一生の宝物だ。  現在は平和の宿と至近距離にある夜間の魔法医療学校に通っており、医者になるという目標に向かって、日々、勉学に勤しんでいた。  授業を終えたユタナは、ロッカーから鞄を取り出した。  「ユタナ! 待って、これあげる」と、友達に呼び止められ、クッキーを渡された。「あたしが焼いたの。超自信作。食べてみてよ」  自然に笑えるようになったので、クラスメイトで仲良しの友達ができた。こんなふうに、友達がいる人生はとても豊かだ。ナキのようにひょうきん者ではないが、他のクラスメイトも笑顔で接してくれる。  「ありがとう」笑みを浮かべて、受け取ったクッキーをバッグに入れようとした。  「いま食べてみて、感想を聞きたいの」  急かされたので、ラッピングされたクッキーを一枚取り出して食べてみた。サクッとした歯触りに、甘くて優しい味わいだ。細かく砕いたナッツ類が入っており、好みの味だった。  「おいしい。今度あたしにも作り方教えて」  「いいよ」  ユタナと一緒に玄関を出た彼女は家が反対方向なので、「じゃあ、またあした!」と、ほうきに跨がり空へと浮上した。    彼女に向かって手を振った。  「またあしたね」  妖精の森に行こうとして、前方を見ると、ラーラの姿を発見した。向こうもこちらに気づき、声をかけてきた。  「ユタナちゃん!」  「ラーラさん、こんばんは」  「こんばんは」  「お仕事終ったんですか?」  「うん。きょうは夜勤じゃないの」悪戯っぽい笑みを浮かべた。「これから妖精の森に行かない? ナキと行ってたの知ってるよ」  「知ってたんですか?」  公園のベンチで倒れていたこの子を神の子に連れて行って本当によかった。自分の選択は間違えていなかった。ナキのおかげでふつうの十代の女の子に戻れたのだ。改めて彼はすごい少年だったと思った。  「とっくにバレてるし、知ってる」    ふたりがほうきに跨がると、「おい、ラーラ」と、後方からラーラを呼び止める男の声が聞こえたので、ふたりは振り返った。するとそこには、カルが立っていた。  驚いたラーラは、目を見開いた。  「どうしてここに……」  「夜景が綺麗な場所があるんだ」  付き合っていたころ、ふたりでよく行った場所だと、すぐにわかった。ファイアードラゴンが現れたとき、想いを打ち明け、ふられている。それ以来、カルのことは諦めていた。  それなに、いきなり目の前に現れた……こんなことってあるんだろうか……  カルがドラゴンハンターになってから、まともに会ったことなんてなかった。  復縁するときには、初めてデートした場所や、思い出の場所へとよく行くものだ。諦めていながらも、本当はずっとこのときを待っていた。  ラーラは目に涙を浮かべた。  「カル……」  事情を知るユタナは、ラーラの背中を軽く押した。  「妖精の森は、今度、行きましょう。いまはカルさんのところに行ってください」  カルは付き合っていたときと同じ口調で言った。  「行くのか、行かないのか、どっちだ?」  ラーラも昔のように言い返した。  「いつも言ってるでしょ、偉そうに言わないでよ」  「つまり、行くってことだな」  ほうきに跨がったふたりは、空へ飛んでいった。  ユタナはラーラの後ろ姿を見て思う。  (よかったね、ラーラさん)  人生にはがっかりすることもあれば、待っていてよかったと思えることもある。夢や希望、長年の想いが実ることだってある。たとえきょう悪いことがあったとしても、あすも同じとはかぎらない。上がらない雨はない。いつかきっと、人生という大空に虹の橋が架かる日がやってくる。  (幸せになってね)  ほうきに跨がったユタナは、夜空へ浮上し、妖精の森へと向かった。ナキとの思い出がたくさん詰まった場所だ。ナキはあの場所が大好きだった。  妖精の森の上空に辿り着いたので、降下して、生命の木がある泉の前に降り立った。ユタナはいつもどおり、自分の体にシールドを張って、泉の中へと潜水した。  生命の木の幹へと吸収され、光り輝くトンネルを通り抜け、妖精の住処へ降り立った。シールドを解除したユタナは、周囲を飛ぶ妖精に向かって「こんばんは」と、挨拶をして、ハンモックになる高木に歩を進めた。  並木道のように立ち並ぶ高木の枝が垂れ下がり、格子状に絡み合って、ハンモックとなった。ユタナがそれに飛び乗ったのと同時に枝が上昇した。  ハンモックとなった枝には赤い果実が実っている。ナキはこの果実は熟するとすごくおいしいと言っていたので、もぎ取って食べてみた。あのときは酸っぱくて果肉が固かったのに、熟すると柔らかくて甘い 。  「ナキ、これ本当においしいね」夜空に向って言った。「ママ、パパ、立派なお医者さんになるから見ててね」  人生に絶望し、死にたいと思っていた。我慢が限界に達したあの日、あたしは自殺を図った。もしあのとき、本当に死んでいたら、いまのあたしは存在しない。  自分が幸せになれることなんてないと思っていたから、この命に未練なんてなかった。それなのに、いつも心の平安を求めていた。どんな心の状態であれ、頑張って生きていた自分自身の力が、出会いという奇跡を起こしたのだろう。つらいときは生きているだけで頑張っていたんだな、と、いうことがいまだからわかる。  人生にもがき苦しんだのち、ラーラさんと出会い、ナキや施設のみんなと出会って、暗闇の人生が好転した。ナキが言ったように、人と人との出会いがいままでの人生を大きく変えたの。  両親が死に、ナキも死んだ。あたしにとって大事な人は天国に行ってしまった。両親が生きていたころは信仰心があったけど、いまは神様が本当にいるのかわからない。  だから祈って奇跡が起きたわけじゃない。たぶん、人には奇跡を起こす力が備わっているんだと思う。それはいつ起きるかわからない。でも生きてさえいれば、誰の人生にも奇跡は起きる。  あたしが人生を取り戻せたように―――  大事なことは目には見えない。目に見える部分はほんの僅か。これから先の人生も良いこともあれば、悪いこともあるだろう。体験することのすべてが人生。良いことも永遠ではないけれど、悪いことも永遠には続かない。  たとえ目の前が暗闇になったとしても、必ずいつか光り輝く星が見える。地に落ちたとき、そう信じることで希望という奇跡を生み出すことができる。あたしはそれを学んだ。ナキにすべてを教えてもらった。  ありがとう、ナキ。  大切な亡き者たちは、あの星々のように、あたしの心の中で輝き続ける。それはこの命をまっとうするそのときまで永遠に―――   ≪完≫  
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