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[3]
「次は右目出せ」
「うん……」
僕は顔を少し左に向けて、仁魅さんに右目を差し出す。彼女の柔らかい舌先が眼球に触れると、体がぴくりと痙攣した。
「……っ」
淫らな水音が、本棚が林立する静かな空間に響く。
仁魅さんはあれから毎日、昼休みになると決まって僕の眼を舐めている。
ここは、広い図書室の中でも、貸し出しができない分厚い本や、茶色く変色した古い学術書なんかが埃をかぶっているようなエリアだ。普段は生徒が来ない所だけれど、必ずとは言い切れない。そんな場所でするこの背徳的な行為は、僕に心地良い緊張感を与えてくれる。
「今日は特に美味い」
「そう……かな」
自分では何が違うのか判らないけれど、何だか褒められたみたいで、胸の奥がかっと熱くなった。
「目玉って——んっ……どんな味?」
そうだな——と、仁魅さんは僕の眼をいつもより激しく舐めながら、途切れ途切れに答える。
「例えるなら…………甘めの……ミルクに…………似てる。ハァ……今日は特に…………その甘みが……強い」
それを聞いて僕は、これは謂わば授乳なのだと、いつか仁魅さんが言っていたことを思い出した。
「けど……ン……それはお前らみたいな……特殊な…………視力を持つ奴だけ……だ。普通の……目玉は苦くて…………塩みたいな味で……、ヘァ……とても……舐められたものじゃ……ない」
これはおそらく経験談。僕を見つけるまでの五年の間に、飢餓感を紛らわす為にでも試してみたのだろう。
仁魅さんは、こうして眼を舐めないと空腹が治まらないのだ。
授乳——と仁魅さんは例えたけれど、これはそんな愛情に溢れたものではない。
僕らは、捕食と被食の関係にある。
僕と同じ眼を持つ者が仁魅さんの空腹を満たし、仁魅さんは代わりに快楽を与え依存させる。彼女が僕を見つけられたのも、そうした捕食者特有の能力があってこそなのかもしれない。
——そう……。僕はだから、仁魅さんに捕らえられた、ただの獲物の一人なんだ……。
そう理解していても、仁魅さんに求められたいと願う自分がいる。
もっと必要とされたい。
もっと支配されたい。
もっと繋がれたい。
もっと、もっと……。
短い吐息と共に、仁魅さんはゆっくりと舌を口内に戻した。僕の右眼の視界が明るくなる。
「今日はこの辺にして——」
「仁魅さん」
僕は仁魅さんの細い肩を引き寄せて、背中から床に倒れ込んだ。丁度、いつかみたいに彼女に押し倒されたような格好になる。
「まだ……して良いから……」
「良いのか?」
僕は無言で首肯する。
「そうか」
仁魅さんは無表情で応答した。
彼女の舌が迫ってくる様子を、僕は瞬きもせずにじっと眺めていた。
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