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「特別な一日を書きましょう。原稿用紙最低一枚半ね。出来ればこの二時間で終わらせてください。終わらなかったら宿題にします。そうね、まずは班になって特別な一日については話し合ってみてください。話すことで色々と思いつくのよ」
担任の坂上先生は黒板に『特別な一日』と書いて、原稿用紙を配り出した。同時にガタガタと机の配置を動かすように指示が出た。
机の向きを変えながらハァ、と俺はため息を吐く。机の向きを変えたら太陽の光が直撃して、思わず
目を細めた。
新しく転入したばかりのこの小学校は、作文の授業が多い。そう、俺はこの小学校に転校して、まだ一カ月だった。まだ、と言うべきかもう、と言うべきか……いずれにせよ俺はこの新しい生活に馴染めずにいる。
色々あって、数年間住んでいた宮ヶ丘を離れ、この土地にやってきたばかりだ。
昔のことを考えると恋しくなる。俺は頭を軽く振って思考を作文にシフトした。
特別な一日とはなんだろう。考え込んでいると、班のメンバーはあっさりと答えを出していた。
「私はやっぱり誕生日かな。一つ大きくなるし、たくさんおめでとうって言ってもらえてプレゼントがもらえる特別な日。なりより私が生まれた日だもん」
「僕も。あとクリスマスとか?」
「確かに。あとウチは弟が生まれた日かなぁ。めっちゃくちゃ可愛いし、嬉しかった」
いいなぁ、と思う。家族がいることになんの疑いもなく、血の繋がった家族と過ごす。それは俺にとって羨ましく眩しいものだった。俺は“家族”に祝ってもらったことがない。
「新島くんは? ……ねぇ、新島くん? 聞いてる?」
ツンツンと肩を突かれハッと顔を上げる。まだこの“新島”という新しい名前に慣れていない。
「……考え中」
「ふぅん。思いつくといいね」
「うん」
「ねぇ、新島くんは学校慣れた?」
まぁまぁ、と答えようとした時「はい、では机を戻して書いてください」と指示が出た。
ガタガタと机が鳴らす喧騒に紛れるように「慣れないよ」と呟いた。
真っ白な原稿用紙を目の前にするともっと書けなくなる。真っ白なこいつは俺を文字で埋めつくせと圧力をかけてくる。
圧力から逃れたい。クラスと名前だけでも書こうと思いついた。
2Bの鉛筆を握り、五年一組と書いて慌てて五年四組に直す。転校前の宮ヶ丘小学校は二クラス、多くて三クラスだったが、この学校は四、五クラスもある。授業もクラスの数もなにもかもに慣れていない。
続いて名前を書こうとしたが、つい、堀田圭と書いてしまった。ゴシゴシと堀田の文字を消す。もうこの名前は捨てたんだ。
俺の名前は戸籍などの書類上、実父と同じ堀田姓だ。新島家の里子になったから、学校などではこの苗字を名乗っている。と言っても期間限定の苗字。一八歳になったら堀田圭に戻らないといけない。この堀田という苗字は大嫌いだ。あの男と同じというだけで寒気がする。
唇を噛み締めながら、堀田の文字が見えなくなったことを確認して丁寧に新島と書く。まだ環境全て慣れないけど、新島になれたことは本当に嬉しい。
名前を書いた俺は鉛筆を机に置く。名前を書いても圧力は消えなかった。
俺にとって特別な日とはなんだろう。そもそも特別な日なんて“捨てられた”俺にはあるのか?
二時間たっぷり考えたが答えが出ることなく、真っ白な原稿用紙を持ち帰る羽目になった。
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