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恩寵
その日は、毎年神より少々変わった賜り物がある。
それは、秘密結社『暗黒の夜明け団』での恒例行事になりつつあった。
『暗黒の夜明け団』。
どこかで聞いたような名前のこの組織は、『黄泉の神』という謎の神を祀る宗教系の秘密結社である。
結社の目的は、『黄泉の神』の復活。
そしてその神の姿、神の目的が何であるのかを知るものはただ一人、組織の創始者にして、神の声を聞き、神の声を伝える神子であり導師である九鬼紅蓮だ。
都内の地下深く、極秘に建立された神殿内にある『謁見の間』では、召集された幹部たちが、目の部分のみ穴の空いた三角の頭巾と引きずるほど長いローブ姿で跪き、紅蓮の登場を待っていた。
焚かれた篝火が、ちりりと音を立てると、やがて石畳に、カツン、と硬いブーツの音が響き、姿を現した紅蓮は、幹部達の間を悠然と歩いていく。
その姿は、組織の長というには随分と若く、整った面立ちには未だ幼さが残る。
だが、その立ち居振舞いには支配者の風格があり、また傅く幹部らにも、軽んじるような様子は一切見られなかった。
紅蓮は無人の玉座の前まで進み出で、そこに己の主人がおわすかのように、優雅な一礼をする。
そしてその脇へと控えるように立つと、ファーのついたケープを翻し、居並ぶ幹部達に告げた。
「同志よ、我が主より、今年も賜り物があるそうだ。全員、頭を垂れよ」
厳かに告げると、己も玉座を向いて片膝をついた。
背後の頭巾たちも一斉にそれに倣う。
玉座の前には護摩壇に似た祭壇があり、そこが神との交信の媒介となっているのだ。
現代は失われた、異形の信仰である。
しばしの静寂の後。
てんっ………
妙に軽い音とともに、神からの賜り物が祭壇に現れる。
「……我が主よ。感謝いたします」
紅蓮は玉座を見上げ感謝の言葉を伝えると、神より与えられた物を拾い掲げた。
「おお……」という幹部たちの歓声は、だがしかし、すぐに「おお……?」という困惑に代わる。
それは、黒の五角形12枚と、白の六角形20枚のパネルで構成された切頂二十面体のボール……、
どこをどう見ても、サッカーボールにしか見えなかったからだ。
どういうことなのかとざわつく幹部達をよそに、九鬼は興味深そうにそのボールを眺めた。
「ふむ…メソアメリカではかつて、戦争に勝って連れてきた捕虜を球技で競わせ、負けた方を神への贄として捧げたという。…つまりこれは、球戯を奉納せよ……ということか」
不穏な発言に、その場にいた幹部たちは震えあがる。
紅蓮は命じた。
「奉じよ」
広い石造りの謁見の間で、死に物狂いのサッカー大会が始まった。
幹部たちは、『黄泉の神』の声も姿も知らないが、自分達へ干渉できる力を持つ存在であることを知っている。
彼らの中には、紅蓮を害そうとした人物が一瞬で消し炭になったのを見た者もいた。
不興を買ったら殺されるかもしれない。
幹部たちはローブ姿のまま、薄暗い地下神殿で一日中球戯を奉納した。
誰も神に奉じるサッカーの試合時間などわからないので、試合は選手が動けなくなるまで続いた。
全員が床にぐったりと倒れこむと、その様子をずっと見ていた紅蓮が、満足そうに手を叩く。
「ご苦労。中々見応えがあったな。我が主も満足されたようだ」
称賛に対し皆口々に礼を言おうとするが、ゼイゼイ、ヒューヒューと息切れの音が聞こえるばかりだ。
冷たい石畳にぐったりと倒れ伏しながら、彼らは不思議な気持ちでいっぱいだった。
昨年も同じ日に、賜り物があり、その時はゲーム機で、同じようにゲーム大会になった。
一昨年はラジコン。
この日が何の記念日なのかは、誰も知らない。
神子ですら、言葉として伝えられたことはない。
ただ、何らかの特別な一日ではあるとだけ。
神の為すことなど人間には理解不能、とはいえ、一体この日が何の日だというのだろう。
紅蓮の傍にある篝火が、ゆらゆらと揺らめく。
誰も知らないことだが、この日は、紅蓮の生まれた日だった。
その生を両親に祝福されたことのない本人は、それを知らない。
ただ、人知を超えた神のみが…
終
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