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レンと別れて出版社へ戻った。
今日は特に寒い日で、半袖の私は浮いていた。
「寒ッ。どっかで上着買わないと…」
バッグを手に取った時、肩に何かを乗せられた。
振り向くと背の高いかわいい男の子が何かを言っていた。
イヤーマフをずらすと
「急にごめん」
と慌てていた。
私の肩にかかっていたのは彼のジャケットだった。
あったかくていいにおいがした。
彼の名前を聞いた瞬間、私の中の顔データと名前データが繋がった。
時枝洸…彼は静岡県のご当地アイドルだ。
まじまじ見ると、やっぱりキレイな顔をしている。
さすがイマドキ男子、少し厚みのある唇がキレイなピンク色で目を惹く。
私とレンのやり取りの間ずっと見ていたらしく、何があったのか気にしていた。
「まあ、確かに気にはなるよね…」
私がやり取りの内容を話すと洸くんは口を半開きにして聞いていた。
待ち合わせしていたお兄さんと連絡が取れたと言うので帰る支度をすると、洸くんが突然手話を教えて欲しいと言い出した。
彼が手話に興味を持っている事は話していて気づいていた。
ただ、普通に考えて私は適任ではないと思い断った。
それでも…彼の顔を見ていたら、何となく…もう少し一緒にいたい様な気分になった。
今さよならをすれば、もう2度と彼に会う事はない。
どんな理由でもいい。繋がっていたい。
それっぽい交換条件をつけて友達になってもらった。
洸くんが、お兄さんの所へ行こうとして体の向きを変えた。
少し胸が痛んだ。
洸くんはなぜか、一度逸らした目をまた私に向けた。
ゆっくりと瞬きをした。
洸くんの顔が近くにあった。
私は目を閉じて、彼の唇を迎えにいった。
「じゃ…」
軽く握った手を唇に当てて洸くんが言った。
「あ、ジャケット…」
襟元を掴み私が言うと
「…次」
「次、会う…時?」
「その時に」
「…返すね」
洸くんはにっこり笑ってお兄さんの方へ駆けて行った。
「うわ。ヤバい…」
私はベンチシートに座り込み暫くそのまま動けずにいた。
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