第4話 郷里からの手紙

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               ※   試衛館には、歳三と同じ日野出身の門弟がいる。井上源三郎である。  歳三が廊下を歩いていると、源三郎が庭で、三毛猫を撫でながら煮干しを与えていた 「やぁ。土方くん」 「源さん、その『くん』はやめてくれねぇか? 背中がムズムズするんでな。トシでいい。日野(むこう)にいた頃はそう読んでいたじゃねぇか?」  歳三の実家がある石田村と、源三郎の実家がある北原はそんなに離れてはいない。なので、源三郎は歳三の少年時代をよく知っている。  源三郎の家は八王子千人同心世話役で、彼の長兄・松五郎は千人同心である。  八王子千人同心は八王子に配置された、譜代旗本およびその配下の譜代武士のことで、職務は日光勤番、甲州街道・日光街道の整備、蝦夷地警固と開拓、八王子及び周辺地域の治安維持だという。  源三郎の入門は弘化四年、試衛館次期四代目・勇の入門が嘉永元年だというから、事実上は勇の兄弟子となる。  基本温厚な源三郎だが、時には厳しく接することもあるらしい。 「日野か……、そういえば暫く帰っていないな」 「俺だって帰ってねぇな。ま、帰れば向こうにもうるさい人間がいるけどな」  もう一通の未開封の文は、歳三のいううるさい人間、姉ノブからである。内容は開けなくてもわかる。ばかな夢は諦めて、所帯を持って落ち着けとあるのだろう。  確かに武士になると言って郷里を出たのはいいが、小さな剣術道場で厄介になっている身、出世するわけでもなく、稽古のない時は寝転んでいるか、文机で紙を睨んでいるかなのだから、姉の小言が今でも続くのは無理はないだろう。  そのうち玄関の方から騒がしい足音が聞こえて来ると、源三郎は苦笑しながら三毛猫の前に再び屈む。 「ご主人さまのお帰りだ」 「ふん、とんだ飼い主だぜ。あの野郎、俺たちにこいつの世話を押し付けて行きやがったんだぜ」  源三郎はまだ苦笑したままで「まぁ、いいじゃないか」と言った。  そんな源三郎の背を見送って、歳三はもう一度空を見た。  故郷は、今も昔のままだろうか。子供の頃の遊び場であり石田散薬の原料を摘んだ浅川や、木刀を降った八坂神社や高幡不動尊の境内。 「土方さーん、早く来ないと土方さんの分まで食べちゃいますよー」 (まったく、あいつは……)  総司の声に呆れつつ、歳三は夕餉の場へと向かうのだった。
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