第5話 槍は種田宝蔵院流槍術、免許皆伝

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※  翌朝――、昨夜出ていった男たちは大野屋に戻ってきていた。  左之助は昨夜知り合ったばかりだが、まだ一度も彼らの声を聞いていない。二人とも終始無言で、二人で話すこともしない。酒を呑んでいるときなどは、眉間に深いしわを寄せている。 (美味いのかねぇ……)  左之助の場合は仲間と和気あいあいと呑むのが好きで、酔った際に披露するのが今や十八番の裸踊り。これが仲間たちにはうけるのだが、果たして左之助の同居人となった男二人は笑うだろうか。  酒がなくなり、新しい酒を求めて釜場へ行く途中、大野屋喜平の「番頭さん」という声が聞こえた。 「旦那さま昨夜、近くに押し込みが入ったそうでございます」 「うちの金蔵(かねぐら)は、心配いらないよ。腕利きの先生方が今度は三人もいる。それよりも増田屋さんには悪いが運はうちに味方した。ま、それなりの大金はあの方に払ったんだ。しばらくは大人しくほとぼりを冷ましていてもらわないとねぇ」 「押し込みはあの方ではないと? 旦那さま」 「あの方は金は欲しいが盗みはしないと断言なさった。侍の名が廃るとか言っていたようだけどねぇ」  そこで話は、ぴたりと止んだ。 (やっぱり、悪党でいやがる)  物陰に咄嗟に隠れた左之助は、人斬りまでさせられると思うとゾッとした。なるほど、大野屋が命が狙われるはずである。これまでも、阿漕な稼ぎをしてきたのだろう。  悪党といえばあと、二人。  左之助の勘ではおそらく、同居人だ。  ここ最近の盗人の中には、浪人もいるらしい。もちろん彼らが加担しているか否かはわからないが。  左之助はまだ人を斬ったことはないが、悪行の加担はごめんと槍を取りに部屋に戻った。 (また新しい住み処を探さねぇと……)  裏木戸を開けて空を見上げれば、満月がそこにあった。  左之助が抜け出したことを、大野屋の誰も気づいてはいないようである。たとえ逃げ出したとわかっても、自身に害となる人間でないならば大野屋喜平は追わせることはしないだろう。だがお陰でたった一日で、左之助はまた食べるところと住む場を失った。 「ま、なんとかなるさ」  二尺半もある槍をひょいと肩に担ぎ、左之助は月が照らす夜道を進んだ。  それからまもなくして金を盗られたと、奉行所に大野屋番頭が訴えに来たという。だがすぐに大野屋喜平が勘違いだと訴えを取り下げたそうで、左之助がその話を聞いたのは、大野屋を出た数日後のことだった。  果たして金は盗まれたのか、それとも盗まれていないのか。  だがその騒動があってからの大野屋喜平は、店を番頭に任せて奥から出てこなくなったという。 (悪いことはするもんじゃねぇな)  掘割の飯屋で酒を呑みながら、左之助は苦笑した。  おそらく大野屋喜平は、奥の部屋で震えていることだろう。そんな気がする左之助だった。
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