第6話 犬も歩けば棒に当たる

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※  甲州街道を日野宿から江戸方面に向かう一里程の所に、谷保天満宮がある。その天満宮より江戸方面、街道を挟んで反対側に石壁が延々と続く道を進むと、こんもりとした森の中に立つ一件の屋敷がある。  屋敷の主は本田覚庵といい、歳三の少年時代を知る人物でもあった。 「今の世は農民の出でも、字の読み書きができないといけねぇ」  そう言ってまだ子供の歳三が兄たちから行かされたのが、 この本田覚庵が住む本田家である。何しろ歳三の亡き父、隼人の姉が本田家に嫁いでおり、歳三にとっては親戚である。 なんだかんだと話が覚庵と総司の間で進み、早く帰るはずが既に時は七つ半(午後五時)。お陰で内藤新宿を超える頃にはとっぷりと日が暮れた。 「まったく、お前と一緒だと碌なことが起きねぇ。芋鍋を三杯も食いやがって。いったいお前の腹ン中はどうなっている」 「嫌ですねぇ。土方さんだって、黙々と沢庵ばかり食べていたじゃありませんか。塩っけのあるものは控えたほうがいいですよ。もうそんなに若くないんですし」 「うるせっ! 俺はまだ二十六だ。馬鹿野郎っ!」 「そんなに怒鳴ったら、周りのお宅に迷惑ですよ。それに、難にぶつかるのは仕方ないと思います。ほら、猫も歩けばなんとやらというじゃありませんか」 「それをいうなら、犬も歩けば棒に当たる、だ」  歳三はふんっと鼻を鳴らし、前に向いて歩き出した。 日本橋を渡れば、江戸市中である。やれやれと市ヶ谷を目指せば、商家脇の火消し桶が転がってきた。それだけなら良かったのだが。 「ほら見ろ。やっぱり碌でもねぇ事が起きたじゃねぇか」  歳三たちの前には、覆面姿の浪人二人がまさに刀を抜こうとしていた。 「狙いは我々――、でしょうねぇ」 「そのようだな。総司、お前なにやらかした?」 「わたしは土方さんの方だと思いますけど? わたしは命を狙われるような恨みをかうほど、心当たりはないので」 「どちらにしろ、大人しく帰してくれそうには見えねぇな」  彼らがなぜ商家に潜んでいたのか、わかっているのは人に見られては困ることでもしていたのだろう。  緊迫感がまったくない会話だが、総司の顔は笑っていない。歳三は担いでいた稽古道具から木刀を引き抜き、総司も習って木刀を握った。 「まさか道の真ん中で木刀を振るとは思っていませんでしたよ」 「俺もだ。総司」  そしてついに、覆面姿の浪人二人は刀を抜いたのだった。
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