第9話 近藤ツネという女

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                   ※  夜――、夕餉を終えた数刻ののち、歳三は勇たちの留守中に起きたことの顛末を勇の前で語ると、一緒にいた総司が吹き出した。 「笑うんじゃねぇ」 「だって……、その時の土方さん、どんな顔をしていたか想像すると……、ねぇ? 若先生」 「そ、そうだな」  話を振られた勇は、歳三をちらっと見るときまずそうに杯を口に運んだ。 「そもそも悪いのはあんただぜ、近藤さん。原田だけならまだしも、門弟じゃねぇ永倉と藤堂までも置いたんだからな。あんたのお人好しは今に始まったことじゃねぇが、顔を合わせればツネどのに睨まれる俺の身にもなってくれ」  勇の妻・ツネは、勇にも近藤家の台所事情が厳しいと話しているようだが、何故か歳三にまで妙な圧力をかけてくる。おそらく歳三と勇が一つ違いの歳で付き合いが長いとあって「あなたさまからも旦那様に、よく言ってください」と視線を寄越してくるのだろうが、たぶん勇の人の良さはこれからも直らないだろうと歳三は思った。  おまけに向かい入れた原田左之助、永倉新八、藤堂平助は、障子に穴を開ける、酒盛りを始めるわで鬱憤もたまろうというものだ。  総司は総司で、膳の煮魚を箸でつつきつつ「鰹の時期ですねぇ」という。 「そいつは鰹じゃねぇぞ」  膳には酒の肴にと、棒手振りの煮売屋から買った煮魚・煮豆・煮染などが乗っていた。 「わかってますよ。でも一度は食べてみたいですよねぇ?」 「そ、そうだな……」  総司の言葉に、勇の眉が寄っていく。 昔から、初物を食べると寿命がのびるといわれている。  初鰹もそんな初物の一つだが、いまの懐具合を考えれば初鰹は無理なのだが。  今急ぐべきは裕福な門弟を増やすか、月謝を上げるかだろう。その間は、朝晩の膳に乗るおかずは期待しない方が賢明かもしれない。  勇の部屋から自分の部屋に戻る途中、歳三は中庭に面した廊下で足を止めた。  熱を孕んだ風はこれから訪れる厳しい夏を告げ、軒下に吊された風鈴を僅かに揺らす。  真の武士になるという夢は、まだ遙か先――。真の武士とはなにか、それさえどんなものかはっきりとはわかってはいない。だが、道は見えている。あとはその道をまっすぐ進べはいい。  先は見えなくとも、きっとその先に目指すものがある。歳三は、そう信じるのだった。
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