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第10話 道場破り あらわる
その日、試衛館の食客三人は橘町の飯屋で顔をつきあわせていた。
元々はそれぞれ別行動だったのだが、示し合わせたわけでもないのに飯屋でばったりと三人揃った。
「まったく、なんで外でもお前らと一緒になるかねぇ」
空になった丼を小上がりに置いて、原田左之助は天を仰いだ。
本当なら、出かける予定は左之助にはなかった。飲もうと手にした酒が切れたためだ。
貧乏徳利を背にひょいと回し、左之助は酒を買うために町に出た。
橘町は嘗ては西本願寺を有する門前町で、立花を売る店が多くあることから当初は立花町と言ったが、明暦の大火によって本殿を焼失してからは翌年に築地に移転したという。
火事と喧嘩は江戸の華とは誰がいったのか、江戸は火事が多いようで、明暦の大火はその中でも酷かったらしく、江戸城天守閣を含む多数の大名屋敷、江戸市中の大半が焼失し、死者十万を出したそうである。
酒を買い終え、腹を満たそうと左之助が入ったのがこの飯屋だった。すると、なかに藤堂平助がいた。平助だけなら「奇遇」ということにもなるが、暫くして永倉新八まで入ってきたから左之助は「奇遇」と笑っていられなくなった。
なにせいまは、同じ屋根の下。試衛館に同じ食客としている身である。
「袖振り合うも多生の縁ってやつかもな」
先に来ていたという藤堂平助が、煮物を箸でつつきながら言った。なんでも平助は、絵草紙屋に行くために、外へ出たという。
「けっ。やだねぇ、そんな縁。女の縁なら歓迎するんだけどよぉ。どこかにいねぇかなぁ。惚れ惚れするようないい女は」
左之助のぼやきに、永倉新八が眉を寄せて口を開く。
「くだらん。お前の頭の中には、酒と女のことしかないのか」
「野郎たちと一日いるよりは、女と一緒のほうがいいぜ」
左之助は、本気でそう思っている。国元にいた頃から浮き世を流してきたが、金がないとなるとこれまで寄ってきた女が寄ってこなくなった。
「酒もほどほどにしておけ。二度目はないぞ」
永倉に二度目といわれ、左之助はぽりぽりと頭を掻いた。
左之助は以前、酒の席である男に「腹も切れぬ腰抜け」と罵られたことがあった。左之助も酔っていたのもあるがならばと、自身の腹を一文字に斬った。酒の勢いとはいえ切腹した左之助だが、二度目の奇跡は起きないと永倉は言いたいのだろう。
「それより、目当ての代物は見つかったのかい? 新八っつぁん」
平助の問いに、新八が「いや……」と短く答える。
新八の場合は、刀を見に刀剣屋に出かけていったという。
さて帰るとかと三人が立ち上がったのは申の刻。空は霞か煙かと間違いそうな淡い雲が張っている。
だが浪人三人が固まって歩くと目立つのか、行き交う者の反応はぎょっと驚く者、そそくさと離れていく者など様々である。
「――人斬り騒ぎのせいだろう」
新八が言った。
「ああ、その話なら俺も聞いたことがあるぜ。後ろからばっさり――だったんだろう? 酷ぇよなぁ」
そう言ったのは平助である。
「まったく、俺たちまで同類とされちゃいい迷惑だぜ」
左之助が再びぼやく。
試衛館の門を三人がくぐると、道場脇で三人の門弟らしきものが立ち話をしていた。
確か今は稽古の時間のはずなのだが――。
「なにかあったのか?」
新八がそう聞くと、門弟の一人が青い顔で言った。
「いま道場に、他流試合を申し込みにきた方がいるんですが――」
「なんだ、いいことじゃねぇか」
平助がそういうと、
「それが、大先生も若先生もお留守でして……」
聞けば手合わせしろと、もう半時は粘っているという。
要するに、道場破りが現れたという。
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