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「しつこいですねぇ。人の話を聞いてました? 手合わせはできません」
左之助たちが格子から道場を覗くと、道場破りを相手にしていたのは沖田総司と土方歳三であった。
「どうしても――断ると申すか?」
「道場主の許しなく立ち会うのは禁じられています」
基本、他流試合は道場主に申し込むのが筋。だが道場破りは違う。
なんの紹介もなく他流の道場に乗り込んできた挙げ句、道場側を挑発しては他流試合を強要し、主だった門弟など総て倒すというものだ。来られた方にとっては迷惑以外の何でもない。
「馬鹿だねぇ。あいつ」
食客三人の意見は一致していた。平助の言うとおり、道場破りの男に勝ち目はない。男が試衛館に目をつけたのはおそらく、道場名も流派も有名ではなく、所々つぎはぎ状態の構えから勝てると踏んだのだろうが、ここには剣の鬼がいる。
手合わせしろ、できないの押し問答に、浪人風の道場破りがついに化けの皮を剥がした。
「ふんっ、芋侍が……」
男のつぶやきに、それまで総司の男との対応を黙って見守っていた歳三がため息交じりに言った。
「総司、お前さっきおとなしく帰っていただこうとか言ってなかったか? 刺激してどうする。こいつまだ居座るぜ」
「刺激しているのは向こうですよ。土方さん」
二人の会話に、道場破りが割って入る。
「芋と言って何が悪い。所詮は田舎剣術、たいしたことがないのであろう?」
開き直った道場破りに、歳三が吠えた。
「ごちゃごちゃうるせぇ!! こっちが芋なら、てめぇは愚図野郎だろうが!」
「な、んだと……っ」
――面白くなってきやがった。
中を窺っていた左之助は、歳三たちがどう決着をつけるのか楽しくなってきた。
すると、総司が木刀をすっとその道場破りに向けた。手合わせするのかと思ったが、総司は動かない。道場破りも動かない。
「こいつは本気だ。真剣じゃねぇだけマシだと思うんだな」
歳三の言葉に、道場破りの男が構えた木刀が震えるのがわかった。
「勝負あったな」
新八が言う。
本当なら、三人は立ち合いを見てみたかったが彼らも剣の道に生きる人間である。己の力を過信すれば命取りになることを知っている。道場破りがいい例である。
「――この世はまだすてたものじゃねぇな」
左之助の言葉に、平助と新八は何も言わなかったが気持ちは同じだろう。狼藉を働く侍が蔓延る一方、そんな侍を許せないと思う侍もいる。彼らと一緒にいれば、つまらないと思える世が楽しく思えるかもしれない。
「飲み直しといくか」
左之助が貧乏徳利を手に新八たちを促すと、二人が頷く。
辺りは黄昏の西日に包まれ、風が静かに吹いていた。
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