第4話 郷里からの手紙

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第4話 郷里からの手紙

 ――強くなりてぇか?  頭の後ろで組んだ手を枕に、部屋で微睡(まどろ)んでいた歳三は瞼を開けた。  目に入ったのは天井についている黒い染みだった。  半身を起こせば部屋は薄暗く、障子だけがやけに明るい。いつもなら、大した用もないのに総司がやって来るのだが、この日は近藤勇が両国広小路のももんじ屋に、猪肉(やまくじら)を食べに行くというのでついて行った。歳三も誘われたが、どうも獣肉は食べる気がしない。  そもそもこの国は、昔から肉食は禁じられている。だが最近は、滋養にいいという理由で、利根川を通して江戸に運ばれた猪肉や鹿肉を商っている店、ももんじ屋なる店が人気らしい。勇は出稽古先でその話を聞いてきたようで、一人で行くには忍びなかったらしく、歳三たちを誘ったようだ。  なので近藤家に残っている内弟子は歳三と井上源三郎だけだが、源三郎は近藤家の庭にある畑の世話やら、薪割りと動くことが好きらしい。  障子を開ければ、西の空はすっかり茜色である。  ふと、文机を見れば読みかけの文と未開封のままの文が一つずつ。 (あの(ひと)の声が聞こえたのは、(こいつ)のせいか) 文の一つは歳三の郷里、武州・多摩は日野の名主・佐藤彦五郎からだった。  佐藤彦五郎は歳三の姉・ノブの夫で、彼もまた天然理心流を習得しており、道場を構えていた。そんな文を日野からこの試衛館まで届けに来たのは、源之助という少年だった。  「おじさん」  歳三の顔を見るなり、源之助の声が弾んだ。 「……お前なぁ、その呼び方はやめろ」 「どうして? おじさんだろ? 元気だったか? おじさん」  おじさんと連呼されて、歳三は拳を握りしめる。  源之助は彦五郎の長子で、歳三の甥っ子に当たる。確かに源之助にとっては歳三は叔父なのだが、おじさんと呼ばれることに抵抗がある。 「お前は相変わらず、ちびすけだな?」 「俺はもう十二だよ! おじさん」  歳三が最後に源之助を見たときより背は伸びていた。  源之助も天然理心流を学んでおり、彦五郎の屋敷に隣接した道場で稽古に今も励んでいるのだという。 「俺にとっちゃあ、いまもお前はちびすけさ。くそ生意気なところは変わっちゃいねぇ」 「たぶん、おじさんに似たんだよ。母上がお前はあの愚弟によく似てるってさ」 (姉貴め……)  齢二十六になっても、姉ノブには敵わないと歳三は思った。 源之助が帰ると、近藤邸内は再び静寂に包まれる。日差しが心地よかったのか、少し夢を見たようである。 源之助の成長をみて、がむしゃらに木刀を振っていた当時の自分が重なったのかも知れない。まだ世間を知らず、怖いもの知らずで無鉄砲のあの頃と。  ――強くないてぇか? 歳三。  江戸に来るずっと以前、歳三が彦五郎から言われた言葉だ。 子供の時の歳三は、他所様の柿の実を棒で突っついては落とす、地蔵の顔に墨で眉を描くなど悪さはしたが、人が虐められたりすれば黙っていられない正義感もある少年だった。お陰で喧嘩も絶えず、姉ノブの小言は増えはするが減ったことはなかった。  武士になるといった時、歳三の二人の兄や姉ノブは「農民の出がばかな夢を見るな」と怒ったが、義兄・彦五郎だけは反対しなかった。  多摩の地は天領だが、農民を悩ます悪党は様々である。その中にどこからか流れてきた浪人もいて、歳三が喧嘩で初めて負けた相手であった。  思えばあの時、決めたのかも知れない。  俺は、こんな侍にはならねぇ――、と。  ――ならば、強くなれ。侍になるんだったら、今度は刀で相手を見返してやれ。この世の腐りきった侍たちを。農民の出だろうが関係ねぇ。かの豊臣秀吉だって農民から出世して天下を取ったんだ。  そう言って、彦五郎は笑った。  かつて読んだ彦五郎の屋敷で書物には――、武士がいったん口にしたことは最期まで貫くべし、とあった。ゆえに諦めない。  いつかきっと――、真の武士になってやる。  歳三は決意新たに、二つの文を文箱にしまった。
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