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気づくと私は商業施設の側のベンチに座っていて、ココアを持っていた。茶色の缶からじんわりと手に温もりを感じる。
「落ち着きましたか?」
男の人の声が聞こえた。
「はい」
「彼女ももう落ち着いていると思います」
「そうですか……」
アミちゃんに詰め寄られてからのことを覚えていない。否、ぼんやりと覚えていた。彼女の目に耐えられなくなった私は、何も言い返す事もできなかった。私の代わりに彼がアミちゃんと何事かを話して、私をここに連れてきたのだ。また高宮さんに助けてもらった……。二度も庇われて自己嫌悪を感じる。
「すみませんでした」
「貴女が謝ることではないですよ」
私の手を握る彼の手が優しくて悔しい。
「……貴女のせいではないことで謝らなくても良いんですよ」
私は唇を噛んだ。そんなことは私も分かっている。意味なく謝ると相手を更に苛立たせてヒートアップさせる。それでも……。
「怖いので」
「怒られるのは怖いんです」
「誰かの怒っている声とか、何も言ってなくても怒ってるような雰囲気にも恐怖を感じます」
ただただその環境から逃れたくて、私はすぐに謝罪の言葉を口にしてしまう。高宮さんにそんな弱さを言っても仕方がないのに、私は口から漏れ出る言葉を止めることはできなかった。
「そうでしたか」
素っ気ない言葉でも優しい口調なのが口惜しかった。
「誰かの怒りを感じると手も震えて何も考えられなくなります」
「だから沈黙も怖くて耐えられなくて逃れたい衝動にかられます」
「私に関係がなくても怖いものは怖いんです」
私は高宮さんに言い訳と八つ当たりが混ざった言葉を放った。言えば言うほど自分を切るような痛みを胸に感じる。それでも何故か止められなかった。
彼は黙って聞いていた。私に愛想が尽きたかもしれない。たかがお見合いで会った女性に急にこんな風に打ち明けられたら面倒くさくて呆れてしまうだろう。
「すみませんでした」
私はぽつりと溢した。自分でも微かに聞こえる程度の声だった。
すると彼の手が私の肩に触れて、そっと抱き寄せられる。ゆっくりと宥めるように撫でられる。その優しい温もりに私の目から涙が溢れた。スーツに涙が染みていく。彼は涙が止まるまで、私の肩を撫でてくれていた。
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