Episode1・クロードと二人のにーさま

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「びっくりした? ごめんね、今日は兄上と二人だと思ってたから」  ゼロスはそう言って申し訳なさそうにクロードを見る。  しかしクロードはゼロスの言葉の意味に気付いて唇を噛む。  思うと今まで冥界へ来た時、先ほどのように突然猛獣に襲われたことはなかった。創世期は不安定で危険な世界だと知っているけれど、実際クロードが危険に晒されたことはなかったのだ。  理由は簡単である。今までクロードが冥界へ行く時はブレイラと一緒で、父上やにーさま達が事前に排除してくれていたから。  当たり前のように危険から遠ざけられ、今までそれに気付きもしなかった。  だからクロードの冥界の印象は創世期だけど家族の楽しい思い出しかない。家族で散策したり、貴重な原始の動植物を見学したり、まるでピクニックのようだった。  でも本来の冥界は、その楽しさが当たり前のものではなかったのだ。今まで分かっているようで分かっていなかったのだと思い知る。  黙り込んだクロードをゼロスが覗き込む。 「クロード?」 「……わたしは、びっくりしてません」  拗ねた口調で言い返したクロード。  ゼロスは「そお?」と目を瞬く。 「だいじょうぶですっ」  今度は強めに言い返した。  ここで怖がったら帰れと言われてしまうかもしれない。恐くないといえば嘘になるけれど帰るのはいやだった。  こうしてクロードはイスラとゼロスの冥界調査にくっついていくのだった。 ◆◆◆◆◆◆  …………遅い。  …………遅いです。  私は城の裏山の麓で白馬に跨ってプルプルしてしまう。  側に控えている女官たちが「お、王妃様、落ち着いてください」と声を掛けてくれるけれど、ダメです。落ち着けません。だって私は待っているのにっ……。 「おい、ブレイラ。大丈夫か?」  ハウストが心配そうに声を掛けてくれました。  彼も愛馬の黒馬に跨っている。そう、私たちはこれから乗馬遊びをするのです。  それなのに。 「…………クロードが、クロードが来ません」  一緒に乗馬しようと約束したのに。  約束の時間になっているのに。  それなのに、待っても待ってもクロードがこの待ち合わせの場所に訪れる様子がないのです。 「……もしかして私たち、すっぽかされてます?」 「うーん……」  ハウストが呻りました。  薄々気づいていましたが、やはりすっぽかされているんじゃ……。  でも、でもクロードはそんなことをする子ではないのです。クロードだって私たちとの乗馬遊びを楽しみにしてくれていました。  でもその時、ピイイィィィ! 空に鳥の鳴き声が響きました。  見上げると一羽の鷲が旋回しています。それはイスラの召喚獣でした。  女官がすかさずグローブを差しだしてくれる。大型猛禽類用の保護グローブです。  片腕にグローブを装着すると空に向かって差しだしました。 「こちらへどうぞ」  そう呼びかけると鷲が大きな翼を広げて下降してきます。  私の腕に降り立つとずしりっとした重み。やっぱりイスラの召喚獣ですね。  私がグローブを装着するのを待っていてくれた鷲に笑いかけます。 「お待たせしました」 「ピィッ」  お利口なお返事です。  ハウストの鷹といい、イスラの鷲といい、召喚獣とはとてもお利口ですね。
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