Episode1・クロードと二人のにーさま

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「お前が心配するのは理解できる。クロードは弱いからな」 「ハウストっ」  たしなめるようにハウストを見ましたが、彼が気にする様子はありません。  それどころか無遠慮に続けます。 「どう言い繕ってもあれが力不足なのは間違いないだろ。本人がどんなに悩もうが事実だ」 「……そんなこと言うんですね」  じっと見つめました。  私の恨みがましげな視線にハウストがうっと顎を引く。 「怒るなよ。本当のことだろ」 「言い方というものがあります。クロードはずっと気にしてるんですから可哀想じゃないですか。それに……」  言いかけて黙り込んでしまう。  でも少し迷いましたが相談します。 「それに、……クロードが覚醒していないことを気にしている魔族もいるようで、心無い噂が囁かれていることもあると聞いています。……おそらく、クロードはそれを知っているんじゃないでしょうか」  クロード本人にたしかめたことはありません。  また、クロードが自分から相談してくれることもありません。  でも城内でそう言った噂が囁かれていると側近のコレットから聞いたことがあります。総取締役のコレットが城内の女官や侍女たちに目を光らせてくれていますが、それでも人の口に戸は立てられぬもの。悪意なく囁かれる噂もたくさんあるのです。  クロードは次代の魔王とはいえまだ五歳です。そんな子が無防備に心無い噂に晒されているのかと思うと……。 「知っているだろうな」 「……そうですよね」 「だが事実だ、そしてクロードが覚醒していないということも事実だ。覚醒はクロード自身の問題で、俺たちがどうこうしてやれるものでもない。分かるな?」 「……分かっています。私はただ……守ってあげたいだけなんです」  クロードになにもしてあげられないことは私が一番よく分かっています。  守ってあげたいと思うけれど、私にできることといえば北離宮を訪れたクロードを優しく迎えることだけ。 「ブレイラ、今回の冥界行きは許してやれよ」 「…………危険です。クロードは覚醒していないとハウストも言ったばかりなのに」 「だからだ。守られた城内で剣を振り回すよりも、実戦で剣を振り回すほうがよっぽど成長するものだ。ゼロスの時だってそうだっただろ」 「……たしかに」  ゼロスの例を挙げられて私の心が揺れだしました。  思い起こせばゼロスは赤ちゃんの時に覚醒したものの、剣を握って戦いだしたのは三歳になってからです。甘えん坊で泣き虫だったゼロスは剣術や体術のお稽古から逃げ回り、戦うことを怖がっていました。  でもイスラによる実戦も兼ねた厳しい特訓を乗り越えてからというもの、一気に開花して戦闘を物怖じしなくなったのです。ゼロスに必要だったのは最初の一歩を踏みだす勇気でした。  …………。  それを思い出すと私はなにも言えなくなってしまう。  もしそれが今回にも当て嵌まるなら、冥界行きはクロードにとって必要なことなのです。  でもこのまま素直に認めるのはなんだか悔しい。 「……分かりました」 「分かってくれたか」 「はい。……でも条件があります」 「条件?」  突然のそれにハウストが少し驚いたように眉を上げました。  素直に認めるのは悔しいので条件くらい飲んでくださいね。 「私とあの丘まで競争しませんか? あなたが勝ったら今回は私が引いてあげます」 「ハハハッ、それは面白い。いいのか?」  私の条件にハウストが笑いながら言いました。  あ、これは私を舐めてますね。
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