698人が本棚に入れています
本棚に追加
「あまり私を舐めないでください。私、乗馬訓練は修了してるんです。講師からも褒めていただいたんですから」
私は自慢してやりました。
ハウストの婚約者になった五年前から乗馬訓練を始めて、今では講師から褒められるほど上手に乗りこなせるようになったのです。私の乗馬の腕前を見せつけてあげましょう。
そんな私にハウストが面白そうに笑います。
「それは強敵だな」
「からかってます?」
「とんでもない。いいだろう、その勝負受けて立とう」
「よろしくお願いします」
私が手綱を握り直すと黒馬のハウストが隣に並び立ちます。
ゴールは森の小道を抜けた先にある丘の上。
「行きますよ、ハウスト。三、二、一、スタート!!」
「行くぞ!!」
私とハウストの馬がいっせいに走りだす。
ドドドドドドドドドドドッ!!!!
森に馬の蹄の音が響いて、小道を二頭の馬が颯爽と駆け抜ける。
疾走する馬の振動を感じながら風を切ります。
ちらりと横を見ればハウストがいて、目が合うと彼がニヤリと笑う。
「なかなか早いじゃないか」
「ふふ、これからが本気です!」
私は力強く手綱を握り、馬と呼吸を合わせてゴールの丘を目指しました。
馬二頭分だけ私が前に出ています。この勢いのまま小道を駆け抜けて、一気に丘を登れば私の勝ち。
「このまま私が先にゴールをしたら冥界のクロードを連れ戻しますっ。忘れていませんよね!」
「……あ、そういえばそうだったな。お前の乗馬姿に惚れ直して、うっかり忘れていた」
「そんなこと言っても手加減してあげませんよ。クロードを連れ戻す時は、もちろんあなたの転移魔法で私を冥界に連れていくんですっ。二人でクロードを探して連れ戻しましょうね!」
「それは面倒くさいぞ」
ハウストがムムッと眉間に皺を刻みました。
そんなハウストに勝ち誇ってフフンと笑い返します。
「面倒でもしてもらいますっ。負けたあなたが悪いのですよ!」
「……仕方ないな。拗ねるなよ?」
ハウストがそう言った次の瞬間。
一陣の風が私の隣を駆け抜ける。
後ろを走っていたはずのハウストが気付いたら前にいました。それは一瞬のこと。
ハウストの背中があっという間に小さくなっていく。
「っ、やっぱり手加減していましたね!」
ハウストが手加減していることは最初から分かっていました。
神格の王である魔王が本気を出せば私など相手になりませんから。でもゴールまで諦めませんよ。
私は手綱を強く握ってハウストを追いかけます。
森の小道を抜けて丘を颯爽と駆け上がりました。
少ししてゴールにたどり着きましたが、そこにはもちろんハウストの姿。
「早かったな、上達したじゃないか」
「手加減していたくせに」
「仕方ないだろ、お前と一緒に走りたかったんだ」
「…………今回は大目に見てあげます」
ずるいですね。そんな言い方をされたら許すしかないじゃないですか。
いいでしょう、素直に負けを認めましょう。
最初のコメントを投稿しよう!