思い出スイーツ、召し上がれ

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 昨日と今日との区別がつかないほど単調な日々。つまるところそれは「安定した暮らし」の賜物であって、悪いことだとは思わない。摩耗していく日々も、慣れてしまえば何も感じなくなってくる。  ……しかし、マキタの後ろをついてくるこの騒がしい男が来てからは、少し様子が変わったかもしれない。 * * * * * 「えー。今日も詰所で事務作業なのー?」  長い廊下をのろのろとついてくるアマギは、明らかに不満げな表情を浮かべている。 「仕方ないだろ? そういう指示が出ているんだ。俺たちは割り当てられた作業をこなすだけの存在なんだから、文句なら天界に言ってくれ」  アマギを「霊界コンシェルジュ」の見習いとして預かることになって以来、二人で組んで死者を霊界へ送る作業をこなすようになった。見習いとはいえ、アマギは思いがけない死を迎えた人々の動揺を落ち着かせるのがやたらとうまく、マキタはこの男に助けられることが多かった。今では「見習い」よりも「相棒」という言葉が近いくらいの存在になっているが、天界からの新たな通達は来ないまま、今に至っている。 「明日からしばらくは地上作業になるから、ここで終日事務仕事をするのは今日までだ。午後からは三週間後に案内予定となっている死者を主にリストアップするから、そのつもりでな」 「……はーい」  廊下を抜けて閲覧室へと入る。だだっ広いフロアには見渡す限り、書架がずらりと並んでいる。入り口近くにある受付カウンターの前には、コンシェルジュの制服である黒ネクタイに黒スーツ姿の男女がずらりと列を作っていた。 「……今日も静かだねぇ」  列の最後尾に並びながら、アマギがぽつりと呟いた。実際、誰かが受付スタッフとやり取りをしている話し声以外、物音はほとんどしない。 「詰所」とは、地上の施設に例えると、巨大な図書館みたいなものだ。ここで自分の担当死者についての情報を検索し、その死因や人となり等の詳細を把握する。そして死亡当日に彼らを地上へ迎えに行って、新しい旅路のサポートをする――、それが『霊界コンシェルジュ』の一般的な仕事の流れである。アマギと組んで月日が経つにつれて、マキタが担当する死者の数は目に見えて増えていて、一日事務作業をこなす日も珍しくなくなっていた。  詰所にはコンシェルジュたちがひっきりなしに行き来しているが、共同作業をする間柄でもない限り、そこに集う同業者同士の交流はほとんどない。人間だった頃のように他者と助け合う必要はなく、誰もがそれぞれの仕事を淡々とこなしている。霊界――いわゆる「あの世」の暮らしとは、基本、そういったものである。そういうものだと誰もが思っているので、寂しくもないし、不満に思うこともない。マキタとしては、この環境は非常に楽だった。  人間として地上で暮らしていたときはよく分からない感情に支配されたり、空腹や眠気や病気などでしばしば肉体的苦痛を味わったものだが、ここに来てからというもの、そういう厄介事からはすべて解放された。そうやって天界の与えるミッションを粛々とこなしていけば、いずれは再び地上に生を享けることもある――どうやらそういうシステムになっているらしい。……その循環が幸せなものであるかどうかは分からないが。
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