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「ああ……ずっとここにいたいなぁ」
蚊の鳴くような声に、私は振り返った。
「あら、目が覚めたのかしら?」
皺が目立つ男の顔を覗き込む。初老の男は微かに寝息を立てているだけだった。
「やっぱり気のせいね」
初老の男の手から何かが滑り落ちた。私は屈んだ。拾い上げたのは、一台のスマホだった。
「早送りに指が当たってたのね……にしても、本当に幸せそうねぇ」
私は液晶画面に映る、友人と居酒屋でバカ騒ぎをする青年の輝く横顔に、目を細めた。
「保存した動画を通じて、昔の友人達に会える最新アプリ『同窓界』。確かに懐かしい気持ちが蘇って楽しいだろうけど……」
私は辺りを見渡す。研究室に敷き詰められた座席には、おびただしい数の人間がスマホを手に、うなだれていた。その合間に立つ、私と同じ白衣姿の者達が、しきりに何かメモを取っている。
「皆がみんな、自分だけの特別な一日に逃げ続けたら……一体この世界はどうなってしまうのかしらね?」
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