同窓界

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「ぷはぁ! やっぱ最高やなぁ!」  前田は口元についた泡を拭い、豪快に笑った。つられて僕も笑顔になる。 「本当にビールって美味しいよね。しかも仕事終りだからより染みるし」  僕の言葉にこいさんが、刺身に伸ばしかけていた箸の動きを止めた。 「ぺいって何かバイトやってたっけ?」  予想外の質問に、僕は「へ?」と間の抜けた声を洩らした。 「いや、何言ってんのさ、会社だよ。四十年前から務めてる、スーパーの社員の」  辺りが水を打ったように静まり返った。  空気を変えようとしたのか、横から前田がぎこちない笑顔を浮かべながら、僕の脇を肘でつついた。 「すっ、すごいやん! ぺいも笑いの腕上げたんやな! 俺、びっくりしたわ!」  前田はテーブルの料理を僕の前にかき集めると、 「さぁ、食ってこうや!」  僕の背中を力強く叩いた。  僕は何とか頷くも、 「あ、そうだね。ありがとう、でも」  思わず腹をさすった。 「もう僕も年だし、こんなにたくさんは食べれないかな」  箸を置いて俯けた顔を、こいさんは心配そうに覗き込んでくる。 「ぺい、大丈夫か? 何か今日、様子が変だぞ?」  前田も神妙な面持ちで首を縦に振った。 「確かにぺいらしくないな。いつものぺいやったらこれぐらいの量、ぺろりと平らげてしまうはずやのに」  耳を疑った僕は、思わず訊き返した。 「ぺろりってお前、一体いつの話してんの? 僕は今年で還暦のおっさんだぞ。さすがに胃袋だって小さくなるさ」  僕が吐き捨てると、こいさんと前田は互いに顔を見合わせた。その直後、二人は声を上げて笑い始める。 「な、何がおかしいんだよ!」  顔を真っ赤にする僕に向かって、こいさんは腹を抱えながら指差してくる。 「だってぺい、まだ二十歳じゃん!」  僕は一瞬、頭が真っ白になった。  僕が二十歳? そんなバカな。 「ぺい、そらあかんわ。嘘つくんやったら、もっとマシな嘘つかんと!」  前田が僕の肩に手を回した。 「おっさんになってまう悪夢でも見たんか? 気の毒になぁ。ほら、はよ飲んで食って忘れよ!」 「僕の……勘違い?」  震えるような声を出す僕に、正面からこいさんがグラスを突き出してきた。 「全部気のせいに決まってんだろ? 紛れもなくこれは現実だ。安心しろ、俺達がずっと話を聞いてやるよ。だって今日は」  こいさんは一呼吸置くと、言った。 「トクベツナイチニチダカラナ」  僕はこいさんからグラスを受け取ると、天を仰いでビールを飲み干した。次の瞬間、突然視界が揺らぎ始めた。  こいさんと前田の表情が歪み、テーブルから料理が離れて宙を舞う。  天地が逆さまになる感覚が僕を襲った。  でも、不思議と僕は怖くなかった。  目まぐるしく変わる世界に、まるでジェットコースターに乗っているような、浮ついた高揚感が胸の奥から押し寄せてくる。  こいさんと前田の楽しそうな声が耳にこだまする。僕も一緒になって腹の底から笑い声を上げ続ける。  今日は何て素晴らしい一日なんだろう。 「ああ……ずっとここにいたいなぁ」 ※  
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