台座の主は

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 俺達は暗くなりかけた田舎道を、少しうるさいくらいはしゃぎながら歩いている。学校の帰り道が同じだという理由で、俺は1ヶ月前に引っ越してきた古國隆都(ふるくにりゅうと)とは旧知の仲のようになっていた。そう、転校生と仲良くなるには特別なものなんて必要ない。ちょっとした時間と、似たような感覚さえあれば大抵仲良くなれる。  学校の中でも外でも山しか見えないくらいのど田舎では、クラスの転校生と仲が良いだけでもかなりのアドバンテージがとれる。人気者の取巻きと呼ばれても悪い気がしないのは、その本人である隆都が良い奴だからだ。  最初こそ転校生特有の『空気の読めなささ』があったが、すぐに打ち解けてクラスに馴染んだコイツのことを、俺は心密かに尊敬していた。  だから村祭りの事を隆都に話したのは、ごく自然なことだった。  「へー、中々変わった祭りじゃん。皆もそれ行くの?」  ホームルームの終わった教室で、俺はスマホを堂々と取り出した。  「いや、想像してる屋台とかはないからさ。その変わり儀式っつーか、選ばれた村人しか参加できないんだ」  「なにそれ。絶対面白いやつ」  「儀式って言っても、なんか祠の前で火ぃ焚いて終わりだよ。秘密でもなんでもねーから。ほら」  俺がスワイプして祭りの写真を向けると、隆都は眉根にシワを寄せて唸った。  「……これだけか」  「そーだよ、俺の親父は選ばれたら村長に文句言うくらいつまらんってさ。側溝の掃除してたほうがマシだって」  火を囲んで立ち尽くす男達の写真を難しい表情で眺めていた隆都は、「これ」と(おもむ)ろに画面を指差した。  「この祠、ネタになりそう」  隆都と俺が盛り上がる話題の中に、動画があった。興味が高じて投稿し始めてから、俺達はいつもネタに飢えていた。まだ誰も投稿していない目新しいモノなんて、男子高校生の日常にそう転がっているもんじゃない。  だけどそれにしたって、と俺はスマホの写真を見た。  「これは渋すぎるだろ。おっさんの宴会場撮っても仕方な……」  「祭りの時じゃなくて、その前に肝試しに行こうぜ!この祠の中、どうなってるか知りたいじゃん」  「どうせ何も無いって。あったらヤンキー先輩共のオモチャになってるから」  怖いものを知らない上級生はいくらでもいたが、そんな話は聞いたことがない。しかしこの人当たりの良い転校生でも、この時ばかりは頑として譲らなかった。  こうして俺と隆都は少しばかり強引にテンションを上げながら、帰り道とは逆方向に続く山道をのぼっていた。  肝試しは初めてだが、子供の頃から知り尽くしている(なんなら秘密基地も作っていた)近場ということもあって、いまいち恐いという感情が湧いてこない。どちらかといえば懐かしいあの頃を訪ねている感覚だ。  それでも、陽の暮れかかった脇道を通って祠の前に立った時、ぞわりと肌が粟立つのを感じた。  「……祭りの時じゃないと、やっぱ不気味だな」  祠は、小さな神社みたいな形をしていた。一般的なものより大きく、厳密に言えば祠ではないのかもしれないが、俺達の間ではほこらといえばこの建物のことだった。  隆都は地面の黒ずみを見つけ、写真の撮られた場所を特定しようとしている。しかしすぐに飽きたようで、祠の扉を指差して言った。  「ここって施錠されてんの?」  「たぶんしてると思う。こんなとこでも浮浪者が入り込んだりするから」  「でも……」  隆都が屈んで何かを拾い上げる。暗証番号型の錠前が、歪んだ形で千切れていた。  俺はしばらくその捻れた錠を見つめ、それからゆっくり後ずさった。  「なぁ、やっぱりマジで止めよう。犯罪に巻き込まれたら洒落にならない」  錠前を切って祠に入った奴がいる。それだけでこの冒険を終えるには十分すぎるほどの理由だ。しかし我らが人気者、転校生の隆都君は不服そうに錠前を投げ捨てた。  「劣化しただけだろ。ちょっとだけ撮って帰ろうぜ。せっかくここまで来たんだし」  その言葉に反対してまで帰宅することは出来なかった。なにせ転校生の取巻きなのだ、俺は。  それに、暗くなりかけた道を一人で帰るより、さっさと撮って帰るほうがまだマシかもしれない。  危ないと思ったら即逃げると二人で約束しあい、俺達は祠の扉に手をかけた。   ***  「ありゃあ駄目かもしれんな」  ベテランで名を知られる警部がそう呟くと、まだ若い刑事は調書から顔を上げた。  「そんなに酷いんですか、彼は」  白髪が多い髪の毛を撫で付け、警部が大きくため息をつく。  「可哀想になぁ。話にならないんだよ。よっぽど怖いものを見たんだろう」  「珍しいですね。加害者にそこまで同情するなんて」  「そりゃ、俺の孫くらいだからな。若い奴があんなになったら悲しいよ」  刑事は腕を組んで、事件の詳細が書かれたパソコンの画面を眺めた。  ──☓☓村の宗教的建物における火災について 『○年○月○日、18時44分頃、☓☓村△地区の建物から火災発生の一報あり。◎◎消防署より消防車4台が出動し、3時間後に鎮火した。被害にあったのは☓☓村に建立されていた宗教的建物(神道に類似しているものの詳細および建立時期は不明)一棟。 焼失した為内部は不明だが、巨大な台座の様なものが焼け跡から発見されている。尚、仏像等の文化財は発見されていない。 近くにいた少年Nに事情を聞いたところ、自らが火をつけたと話した為、警察署へと移送。途中、何度も「燃やさないと」「アイツは違う」「帰しちゃダメだ」等の意味不明な言動が多く聞かれた。警察署にて事情聴取を行い、終わり次第医療機関へ……』  「一体何を見たんでしょうね、彼は」  刑事の言葉に、年老いた警部は黙って首を横に振るだけだった。 ****  陽が落ちていく。祠の中が真っ赤に照らされている。  そこはがらんとした板の空間が広がっているだけの、なんてことはない室内だ。ただ、中央にどんと鎮座している台座だけが異様だった。  「なんだ、これ?」  俺が首をひねる横で、隆都は台座に積もった埃を払っていた。どこか嬉しそうに微笑んでいる。  「……きっと長い間、信仰されていたものの台座だよ。それが何なのか、崇めている人たちも忘れてしまうほど長い時間ここにあった」 饒舌に言う隆都は夕陽に照らされて不気味に赤く染まっていた。  「ちょ、やめろよ。ビビらせんな。早く撮って帰ろうぜ」  「いや、俺はいいわ」  「はぁ!?何言ってんだよ、お前。住み着いてる奴が戻ってきたら……」  「いや。ここには誰もいない。それにあの鍵さ、ただ切られてたんじゃなくて『この祠から何かが出ていった』、つまり扉が内側から外側に開いた時、ちぎれ飛んだんじゃないか?」  確かに扉は外に向かって開くようになっていた。だけど道具も使わず鍵がちぎれ飛ぶ力ってなんだ?そいつは何なんだ?もし仮にそんな奴がいたとして、  そいつはどこに行ったんだ?  「だってお前さっき、劣化したんだろって……」  「ああ。でもこの台座を見て思い出したんだ。馬鹿だよな。勢いあまって出ていったら、全部忘れてたなんて」  でも、と笑顔の隆都が続ける。  俺の知っている転校生の顔が、じわりと変わっていく。貼り付けた笑顔のまま、いかにも作り物のような笑顔のまま。  ぐにゃぐにゃと赤い手足が台座を撫でている。  「お前のおかげで色々わかったよ。教えてくれてありがとうな」  くぐもった声でアイツが笑う。  俺は誰に、何を教えたんだ。常識もあやふやだった転校生。くだらない会話。つまらない村祭りにずっと続いている信仰……。    俺は弾かれたように祠を飛び出し、悲鳴をあげながら狭い山道を駆け下った。後ろではかつて転校生だったモノが、赤い手足をいくつもぐねぐねと動かしながら笑い続けていた。  「アリガトウ!アリガトウ!アハハハハ!タダイマ!」  無我夢中で走り、最初に見えた家の納屋に飛び込んで、俺はガソリン缶を抱え上げた。農機具に使うものなのだろう。放火は犯罪だがどうでもいい。アレを破壊できるならなんでもする。  アイツは人間じゃない。アイツは違う。あの場所に帰しちゃいけないんだ。    隆都との思い出がちらりと脳裏を掠めたが、俺は一度強く頭を振ると、再び山道を走り始めた。
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