プロポーズ

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プロポーズ

今日は、彼女と付き合って一年目の記念日を迎えた。 僕の名前は、桜川俊樹(さくらがわとしき)。彼女の名前は、七森真理花(ななもりまりか)。 中学からずっと片想いしていた僕は、高校に入ってからも真理花が大好きだった。それでも、なかなか声を掛けられずに二十歳を迎えた。 成人は、18歳になってしまったし…。もう、真理花に会う事は一生ないんだと泣きながら家に帰った。あの日僕は、凄く酔っぱらっていた。バイト先の先輩に二十歳になったからとお酒をどんどん注がれて…。フラフラと歩いて家路を帰った。 「適当に誰かと初めてを終わらせてしまうような汚い大人になってしまうのかー」 真夜中の道路で、酔った僕は叫んでいた。 「アハハ、君。おもしろいね」 そう言って、真っ赤なハイヒールを両手に持ってニコニコと笑った千鳥足の女の人が声をかけてきた。 とここまでの記憶しかいまだにない。 目覚めると何故か僕の隣に下着姿の七森真理花が寝ていた。 「え、ええー」 叫び声をあげた、トランクス姿の僕を見て七森真理花はニコニコ笑って「おはよう」と言った。あの日から、一年が経った。 僕は、ポケットの指輪を確認しては戻す作業を繰り返していた。 そう、本日僕は真理花にプロポーズするのだ! その為にスーツをビシッと着て、待ち合わせ場所の駅前に立っていた。 遅いなー。もうとっくに待ち合わせ時間だ。 真理花は、必ず待ち合わせ15分前についてる。 なのに、今日に限っては10分も遅刻だ!特別な一日を演出する為に、高級なレストランも予約した。 それで、観覧車の中で夜景を見ながらプロポーズなんてロマンチックじゃないかと思っていた。 本当に遅い。 後、10分でレストランについていなければ僕の計画は全て台無しになってしまうのだ。 何をしているんだろうか? 僕は、スマホを探して掛けようとした。 「最悪だー。忘れた」 こんな日に限って、スマホを家に忘れてしまった。 真理花がいつくるかわからないのに、ここから離れるわけにもいかなかった。 僕は、真理花がやってくるのをじっと待っていた。 時計の針は、どんどんどんどん進んでいく。 レストランの予約時間が過ぎてしまった。 こんな事は、一度もなかった。 真理花が、約束を破るなんて事はなかった。 もしかしたら、事故にあったのではないか? あるいは、事件に巻き込まれたのではないか? 嫌な予感が、頭の中を駆け巡る。 こんな事なら、一ヶ月前に真理花が同棲をしたいと言ったのをオッケーするべきだった。 それなら、家に帰れば真理花の安否をしる事が出来た。 だけど、僕は今スマホも忘れたせいで真理花の安否さえ確認できない。 そして、ここから帰るわけにもいかなかった。 いつ、真理花が来るかわからないからだ。 「もう、納得しましたか?」 僕の隣に綺麗な顔をした男の人が立った。 「いつから、そこに?」 僕は、驚いた顔を向ける。 「ずっといましたよ!あっちらへんに」 そう言って、彼が指をさした。 「真理花?」 「だから、言っただろ?プロポーズは、出来ないって」 彼は、そう言ってニコニコ笑った。 僕が見つめる視線の先に、真理花がいた。 ベビーカーを押しながら見知らぬ男と笑っていた。 「結婚してたのか?」 「だから、言いましたよ。何度も…。プロポーズは、もう出来ないって」 僕は、その言葉に彼を見つめる。白銀(はくぎん)の髪の毛が風にゆらゆらと揺れている。 「そんな事言われたっけ?」 涙が頬を伝っていくのを感じる。 「泣いてますか?」 彼は、僕にハンカチを差し出してくれる。 「だって、今日を特別な一日にする為に頑張ってきたんだよ。高級なレストランを予約して、観覧車の中でプロポーズをして…。なのに、違う意味の特別になっちゃったよ」 僕は、彼からハンカチを受け取って涙を拭っていた。 「そうだね。違う意味だね」 そう言って、彼は僕の肩を叩いた。 「何?」 「嫌なら、逃げないようにしなきゃいけないんじゃない?」 「どういう意味?」 「昨日の喧嘩を謝らなきゃ未来なんて変わらないよ」 そう言って、彼は僕に笑い掛ける。 「どうにかしてくれないと、こっちも困るんだよねー」 そう言った彼の背中に大きな白い翼がはえた。 「えっ?マジック?何?」 彼は、驚いた僕の両肩を掴んだ。 「こっちだって、産まれたいんだよ!二人の事は、嫌いじゃないんだよ。だから、困るって言ってるんだ」 僕の体が、空中に浮かび上がる。 「待って、待って、死ぬから。大変だよ。こんなの…」 どんどん、どんどん、空に上がっていく。 「やめて、やめて、死にたくない」 「だったら、昨日の喧嘩を謝ってよ」 「わかった、わかった。何でもする、約束する」 僕の言葉に、彼は僕を離した。 「待って、待って。約束が違うだろう?」 「バイバイ、お父さん」 そう言って、彼は手を振って笑っていた。 このまま、死ぬんだ。 僕の人生は、ここまでなんだ。 ギュッと目を瞑った。 ◆ ◆ ◆ 「うわあー」 ドンッ……。 ピピピ、ピピピ、ピピピ 「いたたた」 僕は、腰を擦りながら起き上がった。 どうやら、ベットから落ちたらしい。 鳴り響く目覚まし時計の音を止めた。 「えっ?嘘だろ」 僕は、スマホの画面を見て驚いていた。 そうだった。 僕は昨日、真理花と大喧嘩したのだった。 あの夢って…。予知夢? 僕は、謝らずに三日後に真理花にプロポーズをしようと決めていた。 でも、あの夢が本当だったら真理花はプロポーズ場所に現れないって事だよな! 「それは、困るに決まってる」 僕は、パジャマのまま鍵を閉めて、家を飛び出した。 「はぁ、はぁ、はぁ」 ピンポーン、ピンポーン ガチャ…。 「俊君、何、その格好?」 「あっ、えっと…」 「フッ、アハハ」 真理花は、僕を見て笑った。 「昨日は、ごめん。言いすぎた」 「ううん。私の方こそごめんね。入って」 「うん」 僕は、真理花の家に上げてもらった。 「麦茶とかある?寝起きで喉乾いて」 「うん。あるよ」 真理花は、グラスに麦茶を注いでくれる。 「ゴクッ、ゴクッ。はぁー。生き返った」 「よかったね」 その顔を見ながら、僕は決めた。 高級なレストランや観覧車でプロポーズ。 そんなのどうでもいい。 真理花と過ごす日々が、全部、全部、特別なんだよ。 そんな当たり前の事を僕は、忘れていた。 「結婚しよう」 ボサボサ頭にパジャマでやってきた僕は、真理花にそう言っていた。 「どのタイミングで言うの?」 真理花は、驚いた顔をしながらも笑っていた。 「こんな格好でするプロポーズは。駄目だろうか?」 僕の言葉に真理花は、「いいんじゃない」って笑ってくれた。 「本当は、高級なレストランで観覧車でプロポーズするつもりだったんだけど…。ビシッとスーツなんか着てさ…」 その言葉に、真理花は僕を抱き締めてくれる。 「俊君には、そういうの似合わないんじゃない?背伸びしなくていいんじゃない?私達は、あの日ありのままの自分で出会ったんだから…」 「そうだな」 僕は、真理花に笑い掛ける。 「大事なのは、真理花といる事だから…」 僕の言葉に、真理花も頷いてくれる。 大切な事は、真理花と過ごす毎日だって事を僕はあの白銀の彼に教えてもらった。 彼が、最後に何かを話していたけどよく聞こえなかった。 ◆ ◆ ◆ 15年後ー 「お父さん、歯磨きするから邪魔」 「ごめん。髭剃りたいんだよ!」 「もう」 そう言いながら、歯を磨いてる真葵人(まきと)。 「何?」 「お父さんに、昔、会った事ないか?」 「はあ?あるわけないし」 ただいま、反抗期中らしい。 イライラしながら、真葵人は歯を磨いていなくなった。 白くしたら、そっくりな気がしたんだけどな…。 「パンは?」 「いらない」 「待って、お弁当」 「いらないって」 「気をつけてよ!行ってらっしゃい」 そう言いながら、真葵人は出て行ってしまった。 「はあー」 「真理花、お弁当。僕が食べるよ」 「でも、社食があるでしょ?」 「いいって」 僕は、真理花からお弁当を受け取った。 「ごめんね。俊君。いつも」 「いいんだよ!行ってきます」 「行ってらっしゃい、気をつけてね」 「うん」 僕は、家を出る。 特別なのは、真理花と真葵人と過ごす一日一日だ。 「今日も頑張るぞー」 空を見つめて、伸びをして僕は歩き出す。 当たり前の毎日、気づかない幸せ、そんな日々を抱えながら歩き出した。
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