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君は、どんな声をしていますか?
僕の名前は、夏目空
僕は、詩を投稿するサイトで彼女に出会った。彼女の名前は、富士宮海。
日常の詩を書いている。特別上手だとかそう言うのではない。
彼女の書く詩は、とてもおもしろいのだ。例えば、これ。
【目玉焼きを焼いたら黄身が2つ。まるで、君と僕みたいだね】
最初は、言いたい事がよくわからなかったし、これが詩なのかと言う疑問は消えなかった。
だけど、毎日、毎日、飽きもせずこんな投稿が続いているのを見ているうちに気づけば僕は彼女に興味を持っていた。
どんな風に笑うのか?どんな風に怒るのか?どんな風に泣くのか…。どんな顔をしているのか…。
どんな…。
気づけば、僕の中で君がいっぱいだった。
そしたら、次は関わりたくなった。
そして、僕は単なる読者の分際で彼女にメッセージを送ったのだ。
彼女のペンネームは、海月だった。
僕のペンネームは、夏空だ。
【海月さん、初めまして!僕は、夏空と言います。毎日、海月さんが投稿する詩にハマって半年経ちました。海月さんのファンになりました。仲良くしていただけたら嬉しいです】
メッセージの返信はこないんじゃないかと思っていた。
しかし、すぐに返事が返ってくる。
【夏空さん、初めまして。海月です。そう言っていただいて嬉しいです。私のファン第一号です。よろしくお願いします】
そのメッセージがやってきた僕は、それを見てガッツポーズをしたのだった。それから、僕と海月さんはたくさんやり取りを重ねた。
そして、半年が経った頃、海月さんは富士宮海だど名前を教えてくれた。
そして、それから半年がさらに経って今日僕達は文字だけの関係を終わらせる事になった。
どうしよう…。海ちゃんに嫌われたら…。
僕は、朝から母の前をうろちょろしていた。
トントン、母に肩を叩かれて止まった。
「あのー。どいてくれないかな?」
僕は、コクンと頷いた。
僕は、口の動きを読んで言葉を理解する。
ずっと、母や父や兄のようになりたかった。僕は、生まれつき耳が聞こえない。
だから、僕は海ちゃんの声をきっと知ることは出来ない。
文字だけの関係のままだったら、ばれなかったのに…。
僕は、二週間前海ちゃんから送られてきたメッセージの【会いたい】につられてOKしてしまったのだった。
会う必要なんてなかったのではないだろうか?
彼女は、普通の人がやって来ると思っているのではないか?
そう思ったら、昨日の夜から僕はソワソワしていた。
兄の晴紀に、行ってくれないか?と何度もお願いをしたぐらいだった。
「心配なら、やめる?」
母親が肩を叩いて、そう言った。
僕は、首を横に振った。
「そう」
僕の母は、僕の耳が聞こえない事を受け入れられなかった。だから、僕は家では家族の唇の動きを読んで会話をした。何となくのニュアンスで、あっと出せてる気がして声を出すと母はいつもOKを指で作ってくれた。
ただ、大人になるとそういうわけにはいかなかった。だから、僕は外ではちゃんと手話を使うようになった。だけど、それを母は嫌がった。だから、家では唇の動きを読んで会話をした。
会話と言っても、OKと指で作ったり首を左右に振るだけだった。何か言いたい事があるとポチポチとスマホでメッセージを作る。本当は、頭に血がのぼるぐらい怒っていても手話が出来ないからポチポチと文字を打つ。そしたら、だんだんと冷静になってきて怒りは静まってしまう。
僕も、みんなのように怒ったり、喧嘩したりしてみたかった。
こんな文字を打つ喧嘩をしたところで…。
トントンと兄に肩を叩かれた。
「大丈夫か?」
兄ちゃんが、そう唇を動かした。僕は、首を左右に振った。
「そうか…。でも、空は好きなんだろ?」
その言葉に、OKマークを作った。
「それなら、頑張ってこなくちゃ」
兄ちゃんは、そう言って笑ったけれど…。僕は、うまく笑えなかった。
「そーら、あんたは笑顔が一番似合うの!耳なんか聞こえなくったってあんたの笑顔見たらすぐに好きになってくれるよ」
母さんは、そう言って僕の両頬をムニュッとつねった。
僕は、指でOKマークを作った。
「じゃあ、行きなさい!」
母さんに肩を叩かれて、頷いた。
僕は、鞄を持って家を出た。
いつも通り、駅へ向かう。
スマホを持つようになって、僕の日常は本当に便利になった。
海ちゃんが、この近くの人だと知った時は驚いた。
駅についた。
僕は、鞄からハンカチを取り出した。
【待ち合わせの目印に、空のようなハンカチを持って、空のようなTシャツを着て行きます】
【私は、ソフトクリームのスマホケースを持って、海のような色のスカートを履いていきます】
キョロキョロと辺りを伺うが、ソフトクリームのスマホケースを持っている人物は見当たらなかった。
9月だというのに、残暑がキツイ。ジッと待っているだけで、じんわりと汗をかいた。
喉が渇いた。
後、5分待って見当たらなかったら飲み物を買いに行こうと僕は決めた。
ドンッ……。
突然、見知らぬ人の肩がぶつかってきた。
「すみません」
僕は、うんうんと頷いた。
「なんだよ。話せないのか?」
男の人は、そう言って僕を睨み付ける。
家ではないから、手話で話せる。僕が、手話をしようとした時だった。
「チッ!耳聞こえないやつか」
そう言って、男の人はいなくなってしまった。
どうして、バレたのかわからなかったけれど…。まあ、いいや。めんどうな事に巻き込まれるのは、勘弁して欲しかった。
5分待ったけれど、海ちゃんは来る気配はなかった。
僕は、駅前にある自動販売機で飲み物を買った。
戻った頃には、丁度待ち合わせ時刻になった。
もしかしたら、彼女はどこかでさっきのやり取りを見ていて…。耳が聞こえない人間なんてめんどうだと思ったのかも知れない。
僕は、麦茶のペットボトルを開けてゴクリと飲んだ。
一時間待って来なかったら帰ろう。
長い時間、待つ必要はない。
そう思った。
残暑のせいで、どんどん汗が吹き出る。
僕は、麦茶のペットボトルで体を冷やしながら海ちゃんを待っていた。
そして、一時間が経った。
やっぱり、今回も駄目だった。
いつも、恋愛はうまくいかなかった。僕は、よせばいいのに耳が聞こえる人を好きになる。
聞こえる人と一緒にいる事は、難しい事の方が多い。
それでも、僕は聞こえる側になりたい気持ちが強いのか聞こえる人を好きになる。勿論、学校に通っていた時は聞こえない人とお付き合いはしていた。だけど、すぐに僕が嫌になってしまうんだ。きっと、僕は母さんに似てるんだ。
自分のこの状態を受け入れていないんだ。
僕は、家に向かっての道を歩き出す。途中のコンビニでアイスクリームを買って帰ろう。
母さんと一緒に大好きなモナカアイスを食べよう。
あのまま、ずっと、文字だけの恋をしていたら幸せだった。
僕は、涙が流れてくるのを空色のハンカチで拭った。
浮かれ気分で、こんなシャツを着てこんなハンカチを持って…。
期待して、財布に五万を入れて…。
【会わない?】
海ちゃんにそう言われた時、心臓がドキドキして止まらなかった。
【会ってくれるの?】
僕が送ったメッセージに海ちゃんはすぐに返事をくれる。
【空君に、私会ってみたい!】
そんな言葉に胸はさらにドキドキした。
だから、期待し過ぎていたんだと思う。
思ったより、辛い。
僕は、ゆっくりと歩き出した。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
突然腕を掴まれて驚いて僕は振り返った。
「ごめんなさい。勇気がなくて」
海色のようなスカートを履いた女の子が立っていた。
僕は、慌ててスマホを取り出した。
【海ちゃん?】
入力した画面を見せる。
「そうです」
女の子は、そう言って頷いてくれる。
【よかった。来てくれて、嬉しいよ】
僕がそう入力した画面を見せると彼女は驚いた顔をした。
「空君みたいなかっこいい男の子に話す勇気が持てなくてごめんなさい」
海ちゃんは、そう言って謝ってくる。
僕は、文字を入力する。
【そんな事ないよ。僕は、耳が聞こえないんだ】
海ちゃんは、僕の文字を見て大きく口を動かした。
僕は、その言葉に泣いていた。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「海ちゃん、ありがとね。空と結婚してくれて!」
「そんなの私が言う方です」
あの日から、5年の月日が流れていた。
僕は、海と出会ってすぐに結婚しようと決めていた。僕達は、一年間の交際を経て結婚した。
海は、自分の容姿が大嫌いな人だった。
低い鼻に腫れぼったい目をしていて、あだ名が猿だったんだよと僕に何度も話した。
僕は、猿は人類の祖先なわけだからいいあだ名だねと笑った。そして何より海の中身が大好きだと言った。
海は、僕みたいなパッチリお目目の鼻がシュッとしてる顔に憧れると言った。
だけど、僕はどんなに顔が綺麗でも可愛くても、中身がよくなければ駄目だよと海に話したのだ。実際、僕は中身が素晴らしい人間ではないと思っていた。
僕といるのが恥ずかしいのではないかと何度も海に聞いた。
海は、何を恥ずかしがる事があるの?とその度に言ってくれた。
僕は、どんどん海に惹かれていった。今回は、うまくいきそうな気がしたんだ。
「よかったな!空」
兄ちゃんは、僕の顔を見て笑った。
僕は、OKマークを作った。
「俺は、もうすぐ父親よ!」
兄ちゃんは、そう言って奥さんの美鈴さんを見つめていた。兄ちゃんは僕の結婚式に行くのを迷ったお陰で美鈴さんに出会った。そして、付き合って半年でスピード婚をしたのだ。
「空より先に父親になっちゃってごめんな」
僕は、兄ちゃんの言葉に首を左右に振った。
もう、誰かになりたいなんて僕は思わないよ。
だって、あの日海は僕に…。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「そんな事、全然。気にならない」
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